第26話 一日目 七月二二日 一〇時二六分(09:01:34)③

「頭の痛くなる音ですね……」


 賢治が不快そうに、こめかみを押さえている。


 オレの使っている刀の鵺鳴ぬえなきは、振るうごとに頭痛をもよおす音を鳴らす。オレはギフトのお陰で平気なのだが、周りの人間にとっては迷惑この上ないことだろう。


「改めまして、生田賢治いくたけんじです」


 ガスマスクを外した賢治は、二十代後半くらいの短髪で一重の地味な顔立ちをしていた。眼鏡をかけたがその印象は変化なし。地味顔じみがおの賢治。


 オレと綾は自己紹介し、ここに来た理由を説明する。


「やはり九弦くづる学園高校の生徒さんでしたか。九弦綾さん……なるほど」


 綾を見つめ考え込む賢治。それに綾は首を傾げる。


「で、お前はなんでこんなところに一人でいる? あとその火炎放射器触らせてくれ」


 賢治は顔を上げ、彼方を指差す。


「あの建物が見えますか? 私はあの病院で医師として勤めています」

「あれは……万戸まんど総合病院だね」

「よく見えるな」


 オレには岩山の頂上からの建物はどれも同じに見えた。綾の視力の良さにはビックリだ。


 賢治は万戸総合病院の医者らしい。火炎放射器を振り回す医者……あの病院にはかかりたくないな。


「あそこからは、ここが丸見えでした」

 賢治が苦笑する。

「虐殺蜂のいない無防備な拠点のクリスタル。ここはリスクを取るべきだと判断しました。なのですが、クリスタルを破壊する前に群れに遭遇そうぐうしてしまい、この火炎放射器で撃退した後、あなた達が現れたというわけです。あ、これはゼノゾンで購入しました。九万九八〇〇ポイントでした」


「九万九八〇〇ポイント……」


 【黒のスマホ】でゼノゾンのアプリを開くと、確かに同型の火炎放射器がその価格で売られていた。これは高いのか安いのか。


「ん……?」


 アプリを閉じるとメールに通知が付いていた。開くと、『第一次試験、討伐数第二位につきポイントを進呈』とある。進呈されたポイントはなんと五〇〇万ポイント。ポイントの残高を何度も数えたが間違い無かった。


 オレは【黒のスマホ】を二人にバレないよう、そっと隠した。


(火炎放射器、格安! 五〇個買ってお釣りが来るっ!)


 今やポイントは金と同じ。一気に金持ちになり、空を羽ばたいているような気分になる。


「センパイくーん?」

「はい!」


 綾の目が不審なものになる。


「とりあえず、このクリスタル壊そう」

「あ、ああ、オレがやる。オレがやるから」


 綾がますます怪しんでいた。その視線を避けるために、オレはさっさとクリスタルの破壊に取り掛かる。


 拠点の証明である赤のクリスタル。どれだけ頑丈かは知らないが、叩いてみれば分かるだろう。石なんてそこら中にあった。


 手頃な石を手に取り、思いっきり叩いたら三度目で粉々に砕けた。マップ上の赤の光点が一つ減り、これで人間と虐殺蜂の拠点数は八対九。


「終わったぞ――ウヒョっ!」


 オレは思わず奇声を上げてしまう。ポイント残高が三〇〇万増えたからだ。


 通知には『第二次試験、第一拠点破壊者。ポイント進呈』とのこと。こんなことで三〇〇万ポイントも貰えるなんて!


「センパイくん」

いた

「なにを隠してるの? 話して」


 綾が耳を引っ張ってくる。圧が凄い。


「ハイ…………」


 オレは渋々ポイントのことを白状する。

 綾はオレの話を聞くと、「なんだ、そんなこと?」と耳を離した。既に知っていたらしい。


「試験で重要な働きをすると、大量のポイントが与えられるシステムなんですね」


 賢治が納得するかのように頷く。


「じゃあ、三等分しよ」

「は?」

「ボクとキミと生田先生で」


 綾が自分の【黒のスマホ】を出してくる。


「え……何で?」


 オレが疑問を呈すると、綾はニッコリと微笑み、耳を抓るように引っ張ってきた。


「三、等、分!」


 オレはコクコクと頷くしかなかった。コイツ、すぐに暴力振るってくる。


「何だろう……ゴメンね?」


 申し訳なさそうにしている賢治と綾にポイントを譲渡した。だが三等分するのは赤のクリスタルを破壊した分の三〇〇万ポイントだけだ。討伐数で獲得した五〇〇万はオレのもんだ。絶対に渡さん。


 チラリと横目で見てくる綾にファイティングポーズを取ると、やれやれと頭を振って綾は【黒のスマホ】を納めた。


「勝った」


 いや勝ってないか? まあいい。


「ポ、ポイントのことで伝えたいことがあるのだけれど……いいですか?」


 賢治が綾の顔色を伺う。怯えてるじゃねーか。


「これにしましょう」


 賢治は虐殺蜂の死骸しがいの一つを選ぶと、いきなり鉈を振り下ろす。


(そういえば最初のときも、死骸に何かしてたな)


 賢治は切り開いた死骸に手を突っ込むと、中から体液で濡れた黒い物体を取り出す。


当真とうまくん、これを撮影し売却してみて下さい」


 オレは賢治に言われるがまま黒い物体をカメラで撮影すると、それが消える。それをゼノゾンで売却してみると、売却額が一〇万になった。丸ごと売った場合だと三万なので、三倍以上の額だ。 


「どういうことだ?」

「虐殺蜂でポイントに変換されるのは、背部中央にあるこの黒い物体――『黒核こくかく』と名付けましょうか。この一点のみなのです。その他の部位が混じった状態で査定に出すと、解体、廃棄費用分を減額されてしまうようです」


 つまり今まで損していたということか。


「おいゼノン。お前そんなこと言わなかったじゃねーか!」

『それを含めての試験となります』

「この……っ」


 オレは【黒のスマホ】を投げつけようとして止めた。ゼノンに怒りをぶつけてもどうにもならない。コイツは敵に回してはいけない相手だ。


「よく気づきましたね」

「いやあ、子供の頃から解剖が趣味でして。つい熱中しすぎてクリスタルを壊すのを忘れてしまいました」


 綾に賢治が照れ隠しするように答えるが、解剖が趣味の医者は相当ヤバいとオレは思う。


「その黒核、ここの全部取り出すのか?」


 ザッと見回しただけで、死骸は五〇はあった。その数の虐殺蜂を解体するのに何時間かかることか。


「いえ、手分けしてスマホに収めましょう。いつまでもここに居るのは危険です」


 賢治の言う通り、三人で死骸を【黒のスマホ】のストレージに収納した。ストレージの容量は一〇キロまでだが、虐殺蜂には無制限だ。これに関してはゼノンの配慮に感謝することにする。


 岩山を下りる。綾と二人で駐車してあったバイクのところで待っていると、ヘルメットをした賢治がロードレーサーでやって来た。アクティブ過ぎて医者っぽくない奴だ。


「次はボクが運転する」


 言うや否や、綾がバイクに跨またがる。身長が一六〇センチもない綾に、バイクは不釣り合いだった。


 華奢な背中。腰は不味かろうと思い肩を掴む。細くて柔らかい、掴んでいると妙な気分になる肩だった。


「では二人とも、私についてきて下さい」


 賢治の先導で病院へ向かう。賢治の勤務する万戸総合病院は人間側の拠点の一つ。しかし連絡がつかないので状況の確認と、叶うなら連絡手段の確保をしておきたいというのが義円ぎえんからの要望だった。


 病院は駅の近くにあるせいか放置された車両が多く、店舗に突っ込んだままの車や道に散乱した物品などから、この試験開始時の混乱が見て取れた。


 ロードレーサーやバイクでもギリギリの幅しかない箇所がいくつもあったが、綾は一度も接触することなくバイクを通過させた。

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