第25話 一日目 七月二二日 一〇時二六分(09:01:34)②

 バイクで走行すること一〇分。景色が様変わりした。


 線で引いたかのようにアスファルトが途切れ、ゴツゴツした岩の連なる山へと変わっていた。


「ここから先は、あちら側ってことか」


 この『試験』が始まってから、千葉県のそこかしこが、湖、山、森などに変化していた。道路や家などに関係なく出現したそこが虐殺蜂ぎゃくさつばちの住処のようだった。元々の土地と新たに現れた土地を測れば、ピッタリと均等になるに違いない。この『試験』はそういうものに思えた。


「敵の拠点はこの上だね」


 あやと岩山を仰ぐ。バイクで登れそうな道は無かった。


「帰ろう」


 オレのやる気が失せる。登山なんてやりたくなかった。


「センパイくーん、置いてっちゃうぞー」


 既に岩をヒョイヒョイと登り始めていた綾が、上からオレに手を振る。揺れるスカートと膝裏ひざうらの眩しさに目を細めていたら、メチャクチャ山登りしたくなってきた。不思議なことだ。


 エンジンを切ったバイクを物陰に止め、手近な岩に手をかける。大きな岩の影に隠れながら頂上を目指す。


「ここは本当に虐殺蜂の拠点なのか?」


 オレにはヒリつくような気配も、【危険感知】のスキルにも反応を感じられなかった。


「マップだと、ここで間違いないんだけど……」


 綾の【黒のスマホ】の敵拠点を示す光点と現在地は一致していた。


「ゼノン、故障か?」

『故障ではありません』


 【黒のスマホ】から、ゼノンがハッキリと否定する。


 疑わしそうな綾と一緒に、取り敢えず頂上へ行くことにする。


「む…………」


 風に乗り、異臭が漂ってきた。


「焦げ臭い……?」


 匂いの強くなる方へ、オレたちは音を立てずに登る。


 頂上だろうか、岩が切れ空が覗いていた。天辺と思われる岩からソロリと顔を出す。


 やはり頂上だ。そこは平地になっていて、赤いクリスタルが鎮座していた。敵の拠点を示すクリスタルだろう。あれを破壊すれば虐殺蜂の拠点を一つ制圧したことになるのだが……


「誰かいる」


 人がいた。赤い拠点クリスタルの側で何かしている。しかしそれよりも、周囲で煙を上げているいくつもの黒い塊は一体なんだ?


「何だと思う?」


「虐殺蜂……かな? 燃やしたんだと思う。でも一人でどうやってあんな数を燃やしたんだろ?」


 オレには黒い塊にしか見えないが、綾にはそれが虐殺蜂だと分かるらしい。視力が良い。


「仲間がいるとしたら面倒だな」


 距離がありすぎて、オレには男か女かも判別できない。そして敵か味方か、罠を仕掛けているかどうかかも。


 権藤源造ごんどうげんぞうのように銃で脅迫された例もある。同じ人間だからといって、端から信用することはできなかった。


 この場を離れるという手もあった。だがあの赤いクリスタルは是が非でも破壊しておきたかった。


「オレがまず接触する。もしもの場合は頼む」

「うん」


 綾は保険だ。もし相手が敵対するようならここから狙撃してもらう。


 こっちも相手が何人いるか分からないが、相手も遠距離から攻撃されては正確な人数など分かるまい。


 オレは左手に【黒のスマホ】のストレージを設定し、いつでも武器を取り出せるようにする。


「行ってくる」

「気をつけて」


 岩場を飛び降り、ワザと足音を立てながら相手に近づく。


 身長はそれほどでもないが、Tシャツから伸びる腕はしっかりとした筋肉がついていた。まず男に間違いない。髪も黒黒くろぐろとしていてかなり若そうだ。


 男が振り返る。ガスマスクのような物を被り、グローブをした手にはなたのような刃物。それも緑色な液体で濡れている。


 これはダメかもしれない、と落胆した瞬間、男が傍らに置いていた穴の並んでいる鉄パイプのようなものをオレへと突き出してくる。明らかに先端から何かを射出しゃしゅつしてきそうな形状だ。


 ――【危険感知】

(言われるまでもない!)


 オレはストレージから鵺鳴ぬえなきを抜き放つ。


退いてッ!」


 男が叫び、オレは咄嗟に横へ飛び退く。


 オレンジの光が走る。


 いや光ではない。炎だ。オレが寸前まで居たところを走った炎が直撃したのは、虐殺蜂だった。スキルが感知したのはこっちだったのか。にしても、


(か、火炎放射器かよっ!?)


 火炎放射器は、取っ手の付いた箱から穴の並んだパイプが伸びており、その先端から火炎を放出していた。箱の上部には円筒形の筒があり、そこにガソリンや灯油などの燃料が入っているのだろう。映画や動画でしかお目にかかれない代物が目の前にあった。


「センパイくん、敵だ!」

「分かってる!」


 隠れていた綾が合流。共に火炎放射器を腰だめに構えた男へと駆ける。男は武器をオレたちに向けようとはしない。敵意はないと見た。


「話は奴らを始末した後にしましょう。どうですか?」

「「同意っ!」」


 ガスマスク越しに提案してきた男に、オレと綾はすぐさま同意した。


 相対する虐殺蜂は三、四〇体ほどか。開けた場所で三人で相手をするのはキツいな。


「マスク・ド・ファイヤー、他に仲間はいないのか?」

「マスっ!? ……それが私の事なら一人です。名前は生田賢治いくたけんじ


 マスク・ド・ファイヤーこと火炎放射器ガスマスク男は本名を名乗った。生田賢治、普通だ。


「マスク・ド・ファイヤー、ちょっと良いね」


 綾が賢治けんじを見て、クスクス笑っている。意外にツボだったらしい。


「喋ってないで、来ますよ!」


 賢治はオレたちのノリについて来てはくれず、虐殺蜂へ火炎を放射する。


 炎が虐殺蜂の群れを舐めると、引火したそばから次々に落下していく。火炎放射器のサイズは腕を伸ばしたほどで想像より小型だが、炎の長さは一〇メートル以上ありそうだ。


「かっけー……」


 炎を自在に操る様が魔法みたいで男心をくすぐる。などと見惚れていられるくらいに、オレにはやることがなかった。


 火炎放射器と綾のサポートが優秀すぎる。


 虐殺蜂が炎を回避するよりも賢治の追尾が早く、迂回してこちらに接近しようとする虐殺蜂は綾が矢で射落としている。敵が近づけさえもしないので、刀しか持たないオレにはやることがなかった。


「ガンバレ~」


 綾に睨まれる。応援が邪魔だったか。


「すみません、燃料切れです」


 賢治の言う通り、着火しても放射器から炎が出ない。


「センパイくん、出番」

「イエッサー」


 こちらの攻撃が止んだことで、虐殺蜂が反撃に出る。


 綾と賢治に狩られた虐殺蜂の群れの残りは七体。余裕だ。


 ――『【やいば祝福しゅくふく】により身体能力が上昇。精神力が強化されます』


 ギフトの恩恵で敵の動きが手に取るように分かる。虐殺蜂のウィークポイントは胸部と腹部の付け根。動きの軌道と刀の斬撃を合われば、力を込めずとも簡単に両断できる。


「おしまいっと」


 オレは空中にいる虐殺蜂を全て斬り落とし、地面で文字通り虫の息になっている奴らを突き刺す。随分と楽に倒せた。

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