第24話 一日目 七月二二日 一〇時二六分(09:01:34)①

「センパイくん、つぎ右だよ」

「ハイ」


 今のオレはIQが三くらいしかないので、病院までの道案内はあやに任せた。集中して運転するのが難しいことこの上ない。


「センパイくん遅い。変わろっか?」


 綾が後ろからゴンゴンとヘルメットで押し上げてくる。


「…………スピードを上げる」


 邪念がスピードに出ていた。幸せに浸っている場合ではない。


 人影は全く無かった。道路に放置された車も無人で、赤い染みがチラホラと目につくだけだ。


 動くものの無い景色。バイクのエンジン音だけが響く。


 日差しが照りつけ肌を焼き、陽炎かげろうを作る。夏の空は青く、どこまでも澄み渡っていた。


「…………ははっ」


 オレは込み上げてきた笑いを噛み殺す。


 夏、バイク、後ろに可愛い女の子。この状況を含め、自分の人生には決して起こらないと思っていたことばかりが起こっている。これは本当に現実なのだろうか? もし夢ならば、このままどこまでもバイクで走って行きたかった。


「センパイくん」そんなオレの無想むそうを綾が破る。「アレ見て」


 綾が空を指差す。そこには虐殺蜂ぎゃくさつばちの群れが。群れの数は二〇ほど。マンションの上空を飛んでいた。


 オレはバイクを止め警戒する。が、奴らはこちらに反応すること無くどこかへ飛んでいった。


「妙だな……」


 こちらが認識している以上、あちらも同様のはずだ。今までの虐殺蜂なら、問答無用で襲いかかってきたのに、この変化は何だ?


「センパイくん」綾がハンドルの所まで腕を伸ばし、自分の【黒のスマホ】の画面を見せてくる。「蜂が向かったの、ここじゃない?」


 それは赤の光点で示された虐殺蜂の拠点の一つだった。確かに方角が一致する。


 綾とヘルメット越しに顔を見合わせる。距離的に病院より近いし、敵の拠点がどんなものか知っておきたかった。


「……行ってみるか?」

「行こう!」


 綾は乗り気だ。幸いこちらにはバイクがある。危なくなったら引き返せばいい。何度も襲われた経験から、虐殺蜂は全力でも時速四、五〇キロ程度が限界だと予想していた。まあ熊ぐらいの大きさがありながらそんな速度で飛行するのが異常なのだが。


「決まりだ」


 オレはバイクを反転させ、敵拠点の偵察へ向かう。

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