第18話 最終日 七月二〇日 一〇時四一分(00:01:19)

 コソコソと隠れながら校舎から渡り廊下を通り、体育館の鉄扉に辿り着く。扉に耳を当てると、中の声が聞こえてきた。


「うっひょ~! じぇ、JKがいっぱいだあっ!」「おかちゃんロリコンすぎ〜。あ、でもおっぱい大きい子けっこーいるなぁ」「おいおい焦んなよ。時間はたっぷりあるんだからよぉ!」

「……うわぁ」


 あやが汚物を踏んだような声を出す。中からする声は聞くに耐えないものばかり。清々しいまでのクズどもだった。


「せ、生徒には手を出さないでっ!」


 声からして理乃りの。その後に「理乃先生ぇ」と女子の怯える声がした。


「じゃあ脱げ。ぱだかになれや。そしたらオメェだけで許してやんよ」


 ドスのきいた声には、有無を言わせぬ迫力があった。


「ヒュ〜、女教師のストリップショーだ〜!」


 脱ーげ、脱ーげ、と手拍子が鳴る。


「クソクズ共が」


 何でこんなクズが生きているのか意味が分からない。だがクズは一七人もいて、銃まで持っている。厄介極まりない事態だ。


「……待て。いやちょっと待て」

「イヤだ」


 髪を逆立て、綾が殺気を迸らせている。既に【黒のスマホ】から弓を取り出し臨戦態勢だ。直情脳筋ちょくじょうのうきんバカが扉に押し入ろうとするのをオレは留める。


「――誰だそこに居やがるのはッ!」


 怒号に綾の動きが止まる。


おかやなぎ! 扉の向こうに誰かいやがる! とっ捕まえてこい!」

「へ、へい!」


 扉が開き、二つの銃口がオレたちに突きつけられた。


「……お前のせいだな?」

「……ゴメン」


 弓を取られ、銃を背中に押し付けられながらスゴスゴとオレたちは男たちの元へ追いやられる。


 生徒や避難者らは、体育館の隅へと移動させられていた。理乃は上着を一枚脱いだだけでまだ無事だ。


 侵入してきた男たちは一七人。そのうち銃を見せびらかすようにして威圧しているのが六人。


権藤ごんどうさん! ガキが二人隠れていやしたぜ!」

「【危険感知】に引っかかったのが、こんなガキどもか」


 権藤と呼ばれた男はパイプ椅子に座り舌打ちをする。【危険感知】は自分への攻撃意思を察知するスキルだ。この強面の男がそれを持っているせいで、綾の殺気がバレたのだ。


「やっぱりお前のせいじゃねーか」

「さっき謝っただろ。しつこいぞ、センパイくん」

「おいおいおい! な、なにイチャついちゃってんのお前ら! 立場をわきまえな立場をよおっ!」


 岡とかいうハゲジジィが、オレの喉元に銃を押し付けてくる。


「落ち着きなよ岡ちゃーん。へへっ。この子、胸はそんなだけどメッチャ可愛いなあ。あー、尻がたまんね〜」


 柳とかいう若い金髪の男は、綾に睨みつけられると小鼻を膨らませ舌なめずりした。


「うるせぇぞ、バカども」


 権藤が一喝すると、岡と柳がビクッと小さくなる。


 権藤を観察する。年齢は五〇過ぎくらいだろうか。身長はオレより低そうだがガタイが良く、スキンヘッドと鋭い目つきでカタギには見えない迫力があった。コイツが男たちのボスだろう。


「お前たち、何しにきた?」


 オレが問うと、顎に強く銃を当てられる。


「ご、ごご権藤さん! コイツ殺しちゃっていいッスよね! いいッスよね!」

「テメェ等は奴隷だ」


 岡を無視し、権藤が宣言する。


「男はメシ集め。女は俺らを楽しませろ。逆らったら殺す」

「銃で脅して王様きどりか……」


 オレは呆れる。クズの考えそうなことだった。


「その銃とパトカーはどうした?」

「これだよーん」


 柳が【黒のスマホ】をヒラヒラさせる。


「ゼノゾンにゃ、ポイントを出せば銃でもミサイルでも買えるんだぜ? てかお前さぁ……女の前だからって調子乗んなよ!」

「グッ」

「センパイくん!」


 腹を殴られ、オレは膝をつく。


「パトカーは警官から奪った。この銃もな」


 権藤が銃を見せつける。よく見かけるリボルバー式の銃で、引きちぎられた鎖が銃の下部に垂れていた。


「その警官は……どうなった?」

「殺したが?」


 何でもないことのように権藤が言った。


「ふ、ふふふふ…………」


 オレの口から勝手に笑い声が漏れる。


「どうやって殺したんだ?」

「あ?」


 権藤が怪訝な顔をする。


「どんな殺し方をしたのか、と聞いている。殴り殺したのか、絞め殺したのか、撃ち殺したのか」

「オメェ、何を言って、」

「警官は男だったか、女だったか? 若かったのか、年寄りだったのか? 命乞いをしたのか? 血はたくさん出たのか? 最後に何を言ったんだ? お前は警官を殺した時どう思った? 嬉しかったのか、それとも悲しかったのか? 教えてくれ、オレはそれが知りたい」


 オレがせきを切ったように問いかけると、権藤の目には戸惑いが浮かんだ。そして僅かな恐怖の色。


「違う」


 オレは失望する。


「違うな。お前は人を殺していない。人殺しはそんな目をしない」


 コイツらはクズだが、ただのどこにでもいる平凡なクズだ。本物じゃない。本当に人を殺した人間がどんな目をするかを、オレは毎日鏡で見ている。


「もういい」


 オレは立ち上がりざま、綾をベタベタ触っていた柳を蹴り飛ばす。


「テメェッ!」


 岡が突き出してきた銃をオレは跳ね上げ、射線を逸らす。


「トロい」

「ぶぺらっ!」


 顔面に拳を叩き込むと、岡がグルリと一回転し白目を剥く。虐殺蜂に比べればてんで話にならないノロさだ。


「ふざけんなガキがっ!」


 男どもが一斉に殺気立つ。


「や、やめ、やめてぇっ」

「動くんじゃねぇ! この女を殺すぞ!」


 権藤が髪を引っ張り上げ銃を突きつけているのは、野上英里のやまえりとかいうオバさんだった。殴られた顔が腫れ上がり、ボロボロと涙を流している。


「マ、ママっ!」

花恋かれん、来ちゃダメっ!」


 英里えりのところへ駆け寄ろうとした子供が理乃に止められる。あのオバさん、子供がいたのか。面倒だな。


「殺す……か」


 オレは岡の落とした銃を拾う。見れば柳も気絶していた。やったであろう綾の手には銃が握られていた。これで六丁あるうちの二丁がこちらにある。


 綾が目で問いかけてくるも、オレは視線を逸らす。


「オレの名前は当真仁とうまじん。お前は権藤ごんどう、なんだ?」

「…………権藤、源造げんぞうだ」


 権藤源造。濁音の多い名前だ。


「源造、お前は警官を殺していないだろう。だが、警官はもう死んでいる」

「オメェ……何言ってやがる?」


 分からないだろうな。分からないから、こんな愚かなことをしてしまう。


「お前は警官を殴るか車でくかして、パトカーと銃を奪った。そのときはまだ息があっただろう。縛ったりもしたか? お前は怪我をし縛られた警官を放置して、パトカーで逃げた」


 源造は反論しない。当たらずとも遠からずといったところか。


「怪我をし縛られた警官がどうなったか教えてやろう。虐殺蜂の餌になった。今頃奴らの腹の中だ」


 源造の目が見開かれる。


 分かるよ。オレもお前と同じクズだから。そのときはそれが良い考えだと思ったんだよな? パトカーと銃があれば好き勝手にできると思った。でもな、お前はそれをしたらどうなるか考えるべきだった。お前は掃いて捨てるほどいる平凡なクズで、人並み以下とはいえ、想像力と記憶力があるのだから。


「警官は男だったか、女だったか? 若かったのか、年寄りだったのか? 命乞いをしたのか? 血はたくさん出たのか? 最後に何を言ったんだ? お前は警官を見捨てた時どう思った? お前はこの答えの全てを知っている。お前は、お前のせいで死んだ警官のことを一生忘れることができない。起きていようと寝ていようと、不意に、突然思い出し苦しむ。あんなことしなければ良かったと後悔する。だがもうどうにもならない。人を殺すということは、そういうことだからだ」


 源造は滝のような汗をダラダラと流し震えている。その目を見、オレは笑いかけた。


「それだよ。やっと人殺しの目になったじゃないか、権藤源造」


 人を殺した記憶は強烈かつ鮮明に脳に刻まれ決して消えたりなんかしない。瞼を閉じても眠っていても、想像することを止めることはできない。朝の光、締め切られた部屋の茹だるような暑さ、聞こえなくなった泣き声、糞尿と腐敗臭の混じった匂い、動かなくなった小さな体――オレはレンが死んだ日のことを、一二年経った今でも目の前で起こっていることのように思い出す。


 お前もそうだろ、権藤源造? お前は自分のせいで死んだ警察官のことを思い出している。どんな風に殺されたかを想像してしまい苦しんでいる。分かるよその痛み。オレも人を殺したことがあるから。


 頭が割れそうに痛む。


「もう一度聞かせてくれ。その女をどうするって? 人殺しの権藤源造くん?」


 源造は大量の汗を流し、ひどい顔色で口から涎を滴らせている。まるで重病人だ。


 弱く愚かなせいで人を殺したが、自分が人を殺したという事実に耐えかねているらしい。憐れな男だった。


「う……」

「う?」

「うるせぇーー! 黙れぇーーッッッ!」


 源造が絶叫し、銃口を英里からオレへと移す。それで良い。現実に我慢できなくなったら他人に当たり散らすのが、クズのクズたる所以だ。同じクズのオレには手に取るように分かった。英里とかいうババアは気に食わないが、あの花恋とかいう子どもには必要な存在だろう。


 オレは奴が引き金を引くより早く手の中の銃を投げつけると、走る。源造が咄嗟に身を守った隙に距離を詰め拳を、


 ビーーーー!!!


 ブザーのような音が体の中で響き、拳を止める。


『タイムアップです』


 言ったのはゼノンか。タイムアップ……そういえば第一次試験の真っ最中だった。


『七月二〇日、正午になりました。第一次試験を終了します。スコアは人間側の生存者5752299名(91.4%)に対し、虐殺蜂側の生存者28901体(98.4%)。第一次試験の結果は虐殺蜂側の勝利です』


 ゼノンは淡々と結果を述べる。死者の数は五四万人を超えた。とんでもない数字だ。


『敗北した人間側はペナルティとして生存者の三分の一、一九一七四三三名をランダムに凍結いたします。続いて第二次試験を開始します。試験内容は……』

「……ペナルティ?」


 オレは思わず呟く。生存者の三分の一を凍結とはどういうことだ?


「イヤアあああっっっ! アンジェ、アンジェリカっ!」


 鼓膜を破るほどの悲鳴を上げたのはビアンカか。アンジェリカに縋りついているが、見えない壁に阻まれその手は届いていない。


 アンジェリカは見えない壁に閉じ込められ、足元から凍っていく。


「お母さんお母さん! 寒いよ! 怖いよ! ここから出して! ここから出してぇっ!」

「アンジェッ! アンジェ――ッ!」


 ビアンカは髪を振り乱し、爪が割れ血が吹き出すほど壁を叩いているが、アンジェリカを救い出せはしなかった。


 人が凍りつき氷像になっていく現象は、体育館中で起こっていた。これが敗北のペナルティか。


「お母さんたすけて! お母さん! お母さん! おか、」


 アンジェリカは助けを求める表情のまま、氷像になった。


「アン……アン……ジェ……アン…………? いや……い、や…………――――――――っっっ!」


 ビアンカは喉が裂けんばかりに絶叫した。心が引き裂かれるような、感情が爆発した叫びだった。そしてそれは一つや二つではない。この場の愛する者を不当に奪われた人々全員の泣き叫ぶ声が渦を巻き、体育館中にとどろいていた。


「うぐっ」


 オレは激しい痛みに襲われ顔に触れる。指にぬるりとした感触。手のひらが真っ赤に染まり、なおもボタボタと赤いものが滴り落ちていた。


「あ?」


 何だこれ?


『カーズ・【レンの呪い】が悪化。子供の泣き声と母親の悲しみに反応し、耐え難い頭痛に鼻からの出血が伴うようになります』


 悪態をつく間もなく、オレは床に崩れ落ちていた。


「センパイくん!? しっかりしてセン」


 綾の声が遠く聞こえた。

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