第14話 一日目 七月一八日 七時五四分(02:04:06)

「いいのか? いいのか? ホントーにいいのか?」

「あー、やべっ……変な汗が止まんねえ」

「早くしろ」


 誠也まさや騎士ないとも目つきがおかしくなっている。そんな中オレは、至極冷静だった。これほど心穏やかなのは生まれて初めてのことかもしれない。


 手に持ったものを見、感触を確かめる。重さがとても心地良い。


「始めてくれ」


 誠也と騎士がロッカーを退けると、用具室の壁は虫食い状態になっていた。穴から頭を出していた虐殺蜂ぎゃくさつばちは、障害物が無くなったことを幸いに体をねじ入れてくる。


 壁と並行に立ち、オレは握った物を振り下ろした。


 ヒィィィィ、と甲高い鳴き声のような音を出しながら、それは豆腐のように虐殺蜂を両断した。


「ははっ! 最高だなっ!」


 オレは手にした刀を称賛する。札と鍵の掛けられた箱に納められていたのは一振りの日本刀。赤、青、黄が入り混じる斑色まだらいろの刀身に、目の形をした穴が直線上に開けられた奇妙奇天烈きみょうきてれつな刀だ。この刀で、穴から抜け出そうとこちらに首を晒す間抜けな蜂どもを断頭していく。


『ギフト・【やいば祝福しゅくふく】と〝鵺鳴ぬえなき〟が共鳴。身体能力が大幅に上昇。精神が強化されます』


 体内に収められた【黒のスマホ】からゼノンの声。この刀は『鵺鳴ぬえなき』というらしい。


 鵺鳴は振るう事に、ヒィィ、ヒィィと音を鳴らす。穴が笛のように音を鳴らしているのだろう。オレにはそれが、命を散らすことを悦ぶ高笑いのように聞こえた。


「フンッ!」


 壁を蹴破けやぶる。ギフトの効果か、全身に力がみなぎっていた。オレは空いた壁の大穴に飛び込む。


「おい、マジかよ!」

「ウチらもいくぞ、誠也っ!」


 武道館へと出たオレに、騎士と誠也が続く。


 虐殺蜂の数は二〇ほどだろうか。獲物の方から自分の懐に入ってきたことに戸惑っているのか、襲ってこない。隙だらけだ。


 鵺鳴を振り回すだけで、虐殺蜂の体は簡単に断ち切れる。


「あ、あ、ああ〜〜〜〜っっっ!」


 声がしたと思ったら綾だった。屋根の窓のところにいた。オレを指さし何か喚いている。ちょっと黙っていてくれ。


 虐殺蜂が雨のように降り注いでくる。臀部の針を突き出し羽を羽ばたかせ加速させているが、オレの目には一体一体がスローモーションのように映る。鵺鳴のお陰か、ギフトの身体能力向上が凄まじい。


 オレが避けたせいで針を畳に突き刺してしまった一体の首を刎ねる。


(……違うな)


 斬った感覚も気持ち悪いし、音の鳴りも悪い。


(こうか?)


 別の一体に違うやり方を試す。やっている内に分かってきた。


(ギュルン、スパッ。いや、ギュルパッ、だな)


 体の中心に軸を作り、それを一気に回転させ体重を乗せて振るう。


「こうだっ!」


 二つに別れた虐殺蜂の体が、駒のように回転しながら弾け飛ぶ。


『スキル・剣術LV1を獲得。さらにLVが3に、』

「黙れ」


 ゼノンを黙らせる。いま良いとこなんだよ。


 斬るごとに理解していく。叩きつけるのではなく撫でるように振るうと、まるで命に直接触れているような感触がした。


「ちょ、ストップストップっ!」


 誠也が膝をつき、声を張り上げる。騎士もバットを杖にし、耳を辛そうに押さえていた。


「頭いてぇ……何だその音、気持ち悪……」

「音?」


 鵺鳴は振ると音が鳴るが、それがどうかしたのか?


 視線を反らした隙に襲いかかってきた虐殺蜂を斬って落とす。すると鵺鳴の音に、生き残った虐殺蜂が反応する。


(おや……?)


 妙な動きだ。試しに鵺鳴を鳴らしながら近づいてみると、虐殺蜂が上へ上へと逃げていく。明らかに鵺鳴の音色を嫌がっていた。


「や、止め……その音やめて……」

「と、当真とうまっち……吐く、吐く吐く吐く」


 誠也と騎士が顔を青くし、耳を塞いで床に倒れていた。二人も音を嫌がっていたが、オレは全く平気だった。


 と、視界の端を幾つもの光が走る。用具室の壁の穴からの射撃だった。綾が脱出した小窓からまた入ってきたのか。


 綾はさらに放った矢で、残りの虐殺蜂を射落いおとす。畳の上で何体か藻掻あがいていたが、オレは駆け寄り手早く息の根を止める。


 武道館内の虐殺蜂を全て駆除完了。破られた上部の窓からの増援は無し。畳も壁も死骸とその体液で大変なことになっていたが、危険は無くなった。これで一安心だ。


「――こぉらぁあああっっっ!」


 綾が目を釣り上げ、ドスドスと歩いてくる。まだ尻を揉んだことを怒っているのか? 違うんだ。あれは助けるために押しただけなんだ。そう身の潔白を主張しようとした時、勢いよくその指がオレの持っている物を差す。


「それ! 何でセンパイくんが持ってるの!?」

「それ?」


 この刀のことかと、顔の前に掲げる。


「うわぁ……本当に鵺鳴だぁ……ど、どうしよう? こんなの、こんなの絶対お祖父様に殺される……っ」


 なんかヤバいらしい。綾が頭を抱えた。


「そんなに大事なら、金庫にでも入れておけよ」

「入ってたよね! 鍵の掛かった鉄の箱に、御札まで貼ってあったのに!」

「鍵、箱の裏にあったぞ」

「う…………」


 雑多な用具室の片隅に、捨てられるように置いてあった。真剣なのに管理が杜撰ずさんすぎる。


「だってその刀、本家でも使える人いないからあってもしょうがな…………あれ? センパイくん、何で?」


 綾の言葉の意味が分からず首を捻る。


「鵺鳴の出す音は精神を錯乱させるから、振るどころか持っているだけで相当な苦痛かあるはずなんだけど……」


 綾は鵺鳴を見、倒れて呻いている誠也と騎士に目をやった。


「ふーん?」


 精神を錯乱させる音を虐殺蜂は嫌がったのか。呪いの妖刀みたいで格好いいな、とオレは鵺鳴を見つめる。


 敵どころか味方や使用者さえもおかしくするこの刀をなぜオレが使えるのかというと、ギフトの力だろう。ギフト・【刃の祝福】は精神を安定させ強化するらしいから、それが鵺鳴のデメリットを相殺している可能性が高い。スキルに【苦痛耐性】もあるし。


「返して!」

「は?」

「鵺鳴返して! 元に戻せばお祖父様にもバレない……はず!」


 こいつ、無かったことにする気だ。焦りまくる綾を見下ろしながらオレは言ってやった。


「嫌だね」

「え?」


 オレは【黒のスマホ】のストレージに鵺鳴を叩き込み、回れ右をし扉の内鍵を開けると、外に飛び出し全力で逃走した。


「これはもうオレのもんだ――絶対に返さん!」

「ま、待て――っ!」


 宣言するオレを綾が追いかけてくる。足には自信があったが綾はメチャクチャ足が速く、振り切れなかった。


『スキル・【俊足】がLV9に上昇』


 ゼノンの声。どうやらスキルがレベルアップしたらしい。


 レベルアップしたスキルでもって、綾と学園内を追いかけっこした。

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