第12話 一日目 七月一八日 七時二一分(02:04:39)②

「伏せろぉっ!」


 降り注いで来たのは何かの破片。頭部と目を腕で守る。


 見上げれば虐殺蜂ぎゃくさつばちの姿が。武道場上部の窓ガラスが割られていた。


「しくじった……っ」


 五人もいて誰も指摘しなかった。体育館と同じように鉄格子で守られた構造だと思い込んでいたのだ。


 虐殺蜂が窓から続々と侵入してくる。集まってくるのが早すぎる。逃げ――ダメだ。扉の鍵は閉まっていた。解錠して扉を開くまでに背中に大穴を開けられてしまう。


「こっちに!」


 あやが用具室を指し示す。五人が束になり、そこへと駆け込む。


 よくある上半分が磨りガラスの丸ノブのドアで、蝶番ちょうつがいの部分がちゃっちい。


 用具室内は暗かった。誰かが照明を点けるとロッカーが並んでいるのが目に入る。全員でそれを引き摺ってきてドアの前に置き、バリケードとする。


 ドアのガラス部分が割られるが、重ねられたロッカーが破られることはなかった。とりあえずホッと息をつく。


 汗を拭いながらオレは四人を見る。怪我らしい怪我はしていないようだ。 


「ど、どうするよ?」


 騎士ないとが口を開くが、険しい顔をした誰もが答えられなかった。


 用具室を見回す。想像よりもずっと広く、教室の半分ほどあった。竹刀、木刀、薙刀のようなものまである。ラックにズラリと剣道の面や防具が並んでいた。


「ウチは武道が強いから」


 他にも弓道場があると綾が説明してくれる。


 しかし探しても、裏口はなかった。出入口は一つだけのようだ。


「窓はあるけど……」


 誠也まさやが上部の小窓を見上げる。オレは開くために手を伸ばすが、フックに届かない。


「ほい」


 騎士が楽々とフックを下に下ろす。


 オレも一応平均以上あるのだが、騎士と誠也ら巨人と比べるとチビになった気分になる。何だか悲しくなり、スススッと二人から離れた。


「騎士くん、窓を外せる?」

「ん〜? あー…………ムリっぽい」

「そう……ありがと」


 理乃りのの頼みで騎士が窓を上下させたが、外せそうになかった。


 オレは窓一枚分だけ開いた外への出口を睨む。


「二人なら行けないか?」


 そう言って、オレは綾と理乃の体格を目測する。


 理乃はオレより頭一つ小さく、綾はさらに小さく華奢だ。体をねじ入れられそうだった。


「ボクは逃げないよ」

「ここにいても意味ないだろ」


 綾が不機嫌になる。


「当真くんの言う通り、ここにいても意味ないわね……」

「理乃ちゃん!」

「落ち着いて、綾ちゃん」

「でも……」


 理乃が綾の両肩を掴む。


「私達の目的はなに? 怪我した人を助けることでしょう? ポーションを買うためのポイントは手に入れた。なら、できるだけ早く私達は戻らなければならない。違う?」

「ここは破られなさそうだし、最悪、夜になってアイツらが巣に帰るまで立て籠もっていればいい」


 オレは言った。ロッカーで作ったバリケードはずっと揺さぶられているが、壊されそうな気配はなかった。おそらく大丈夫だろう。大丈夫だと思いたい。


「分かった……みんな、死んじゃダメだよ?」

「死亡フラグっぽいの言うのやめろ」

「しぼうふらぐ?」


 綾がキョトンとする。


当真とうまくん、司賀しがくん、騎士ないとくん……ごめんね、必ず助けにくるから」


 理乃もまた、死亡フラグっぽいことを言う。不吉だ。


「さっさと行け」


 オレは手を振り、二人を促す。


 理乃はジャンプし窓の縁に掴まると、勢いを利用し体を持ち上げ、器用に手足を折りたたんで窓の向こう側へ消える。もし出来なかったら微妙な空気になるなと考えていたが、杞憂であった。


「じゃあ……行くね」


 綾も理乃と同じようにジャンプし体を持ち上げる。しかし、


「あ、あれ?」


 上手くいったのは途中までだった。


「え? う、ウソ? ボクの方が身長低いのに? ……んん〜〜っ!」


 体の一部分が窓枠に引っかかっていた。有り体に言えば尻だ。


 綾の身長の割りに大きな尻は球形に近く、回転させようが通らないのだなあ、と思うなどした。


 尻がプリプリ揺れ、スカートがチラチラと翻る。白い内ももが眩しかった。オレたち男子だんし三人は桃源郷とうげんきょうを垣間見、自然と手を合わせた。


「いや、早く行けよ」

「んにゃっ!? にゃあああ〜っ!」


 オレは尻を押す。つっかえていた部分が通ると、綾は向こう側へ消えた。


「お……おい、お前っ!」


 綾が窓から顔だけ出す。頬が真っ赤っ赤だ。


「お前、ボクのお尻揉んだろっ! ちゃんと分かったんだからなっ!」

「お前のデカい尻が引っかかってたから、助けてやったんだろうが」

「ボクのお尻はデカくない! 普通だ!」

「綾ちゃんっ、大きな声を出さないでっ。早く行くわよ」


 綾が「うー、うー」とオレへと唸っている。


「センパイくんなんて死んじゃえっ! バーカバーカッ!」


 綾は半泣きで窓からいなくなった。


 憎まれっ子世にはばかると昔の人は言った。これで死亡フラグを回避できた。やったぜ。


 オレはジッと手を見る。感触を忘れないよう、目を瞑って頭の中で反芻する。と、不意に腕を掴まれる。


「この手が……この手が会長のお尻を…………」

「あ、なん……? お、おい、止めろ、離せっ! は、な、せーーっっっ!」


 誠也があろうことかオレの両腕を掴み、だらしなく開いた自らの口元へオレの指を持っていこうとしていた。


 ヤバい、完全に目がイッてる。とんでもない力だ。全力で抵抗しているのに、徐々に指が口の方へと持っていかれてしまう。


「ぎゃああああーーっっっ!」


 恐い恐い恐い恐い! 生暖かい息が指に! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!


「なあ……なんか変な音聞こえねー?」


 オレの手が誠也に舐られようとしているのに傍観していた薄情者が、両耳に手を当てている。


「音?」


 騎士の声に誠也が我に返る。力が緩んだ隙にオレは自分の手を回収する。あまりの恐怖で、綾の尻の感触などどこかへ吹き飛んでしまった。でも良かった、何もされなくて本当に良かった。


「ホラまた!」


 オレはべそをかきながらも耳を澄ます。何かを削る、ノコギリのような音がしていた。


 壁が僅かに崩れる。穴から覗く何かが動く。それは虐殺蜂の大顎だった。


 壁は分厚いとはいえ木製。奴らあの強靭な顎で壁を咬み削っているのだ。


「ふ、塞げっ!」


 慌てて穴にロッカーを立てかける。だが穴は次々とできてくる。


「きりがねえっ!」


 ロッカーやラックなど、障害物になりそうなものを壁際に移動させたがまるで足りない。無いよりはマシかと、隅に重ねられた段ボールを運ぶ。


「ん?」


 段ボールの下に箱があった。厳しい造りの金属製の箱で、サイズは一・五メートルほど。上に古びた札が貼られていた。鍵が掛かっていて、何か良からぬ物が入っていそうだった。中身がひどく気になる。


「当真っち! 早くそれも運んでこいやっ!」


 誰が当真っちだと騎士に言い返そうとしたが、それよりもこの箱だ。これほど雑に放置されているなら多分…………


「あった」


 箱と壁の隙間に封筒があり、それを逆さにすると鍵が滑り落ちてくる。


「おい、まさか開ける気かよ?」

「開けない選択肢があるのか?」


 誠也が怪しさ満点の箱に怯えているが、オレには不思議と確信めいた予感があった。この箱の中には、ピンチを脱する代物が入っていると。こういう時にだけ発揮される【悪運あくうん】がオレにはあった。


 鍵を差し入れ、回す。


「これは………っ」

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