6話:悪役令嬢:初日からの指導

 今日から授業が始まる。授業は午前と午後にそれぞれ一回。

 早起きして作業をするのは金と時間に余裕がない平民が行うという考え方から貴族の朝は遅い。

 貴族のための学園であるカリキュラムも同様だ。

 授業の回数が前世の学校より少ないのも貴族向けだから詰め込みすぎないようにした結果だろう。


 原作では午前と午後に好きに行動してステータスを伸ばしたりイベントを発生させたりしていた。

 ゲームと違って授業は選択できないし、授業を受けずに出掛けたりはできない。そこはゲームと現実の違いというものだ。


 午前は魔力の授業。最初なので授業の内容は簡単なもの。

 隣のリエルを見守りながら授業を受けたが、やけに眠そうにしていた以外は問題ない様子だった。


 これなら授業のレベルが上がるまでは問題ない。


 ──わけでもなかった。


 学園は貴族向けなので、貴族なら基本技能に当たる馬術の授業もある。

 午後はその授業の一回目。授業内容は、最初なので学園が所有する馬に慣れてもらうために、好きに乗って広い乗馬エリアを歩かせたり走らせたりするだけ。

 私も含めて貴族なら優雅に乗馬していたけれど、平民のリエルは馬に乗ったことがなかった。

 教師が乗馬を補助するもリエルは馬に乗った高さに恐怖して、馬は乗り手の感情を受け取ってしまい、いななきをあげる。危険なので当然ながら降ろされる。それが三度も続いたことで、教師に怒られて見学になっていた。


 私は馬から降り、教師に話しかけて私が乗馬を教える許可を取った。

 俯いてシュンとしていたリエルに声をかける。


「リエル、顔を上げなさい」

「あっ、リリア様……」


 落ち込んでいる人への対処なんて経験はない。

 でも、前世知識でそういったシーンや話はアニメなりゲームなりで知っている。ヒロインなら慰めて、主人公なら奮い立たせるなり励ますパターンが多い。リエルには後者のスタンスを取る。


「あなたには可能性がある。自信を持てばなんてことないわ」

「ありがとうございます。でも、どうしても怖くて」


 フゥと息を吐いてリエルの手を取る。


「一緒に乗りましょう。二人なら怖くないはずよ」

「私とリリア様で……?」

「言ったでしょ。困った時はリエルの先生になるって」


 手を引いて私が乗っていた馬のそばに行く。安全のために、菓子をパクつきながら授業を見学していたウルスを呼ぶ。ウルスに補助してもらいながら、私が先に乗馬して後ろにリエルを乗せる。


「ひぃぃっ」

「しっかり掴まりなさい」


 言うが早いかリエルから抱き着かれる。

 リエルの恐怖が薄まるまで、馬は動かさない。

 待っているとリエルの震えが止まった。


「うぅ、リリア様……」


 と思いきや、私を抱く腕に力を入れて、震え声を漏らしながら背中でモゾモゾとリエルが動く。

 不安を和らげるために、優しく声をかける。


「安心して、私がついているから」


 リエルの動きがピタリと止まる。


「えっと、あの、ハイ。もう大丈夫です」

「そう。ゆっくり歩かせるわ」


 手綱を引くと、馬はしっかりとした足取りで土を踏みしめる。


「リエル、今は私たち二人だけの時間よ。楽しんで」

「はい!」


 声は明るく、不安なんて無さそう。

 私も安心して馬を歩かせ続ける。


 リエルがリラックスして、背中に身体を預ける。


「はぁ……幸せです……」


 甘えた様子の反応が可愛らしくて、フフッと笑いが漏れる。

 しばらく歩かせ続けて、やがて馬の歩みを止める。


「高さに慣れたようだから、次はリエルの番ね」

「がんばりますっ」


 ウルスの手を借りて、今度はリエルを前方にして私が後方に乗る。

 落ちないようにしっかりと抱きしめる。リエルは乗馬により緊張で硬くなっているようだった。


「リラックスして。馬はあなたの緊張を感じ取るからね」

「は、はいぃ」


 ダメそう。

 原作イベントの一つを参考に、話しかけて緊張を解いてみる。


「ねぇリエル。私の名前を言ってみて」

「リリア様」

「違う。今はリリア先生って呼びなさい」


 リエルが小さく頷いた。


「リリア先生」


 耳元でささやく。


「リエルは良い子ね」


 抱きしめている身体がふわりと緩んでいくのが感じられた。


「ひゃい……」


 緊張が抜けるというか、脱力してフニャフニャになったような気がする。でも硬くなりすぎるよりはいいか。反応も可愛らしいし。


「まずはゆっくり進んでみましょう。手綱を少し引いて、馬を動かしてみて」


 私の指示に従い、リエルは手綱を少し引く。馬がゆっくりと動き出すと、リエルの口から安堵の息が漏れていた。


「いい感じよ、リエル。その調子でゆっくり進んで」


 耳元でリエルのことを褒めてあげた。


「ありがとうございます、リリア先生。少しずつ慣れてきました」


 それから、授業の時間が終わるまで二人で過ごした。

 授業が終わり、馬を厩舎に入れて自室に行こうとしたが、リエルの歩き方が少しぎこちないことに気づいた。なんだかモジモジしている。


「どうかしたの?」


 私が聞くと、どう言うべきか迷うようにリエルの視線が泳いでいた。


「……ちょっとお腹の調子が悪いので、お花摘みしてから戻ります。先に行っていてください」

「そう。わかったわ」


 恥ずかしいだろうし、それ以上の言及はせずに部屋に戻った。

 リエルが戻った時にまだ調子が悪そうならムリにでもエリクサーを飲ませておこう。

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