6話:主人公:馬上で密着

 学園に入学してから初めての授業。

 午前中の魔力の授業は基礎的な内容で、周りの生徒たちも特に問題はなさそうだった。私は寝不足のせいでどうしても眠気が襲ってきて、あまり集中できなかった。授業のレベルがまだ低くて助かった。

 授業が終わり、昼食を取った頃には眠気はなくなっていた。


 午後の授業はちゃんと集中する!


 って、気を取り直したのにいきなり詰まった。午後の授業は馬術だった。

 当たり前の話として、私が生活していた孤児院に馬はいない。つまり、私は乗馬の経験なんてない。

 もちろん、馬に乗っている人は町で何度も見たことはある。みんな難なく乗っていたし移動には便利そうだし、ちょっとした憧れもあった。

 教師からは、最初の授業なので好きに乗って乗馬エリア内で歩かせたり走らせたりしろと授業内容の説明を受けた。難しいことをさせられるわけでもないし、と軽い気持ちでワクワクしながら初めて馬の背に乗った。


 馬の背中は大きくて、思ってた以上に高くて、いつもと違う光景で……怖かった。

 恐怖でのけぞると、馬が脚を上げていなないた。


「ひゃあああ!」


 すぐに教師に降ろされて、馬を落ち着かせてから乗り直し。

 さっきので苦手意識も生まれてしまい、私も馬も落ち着かず、また降ろされる。三回目の失敗で流石に怒られた。


「お前はともかく馬が怪我したらどうする! お前は見学でもしてろ!」


 その場を離れて、立ち尽くす。

 私ってダメな人間だなぁ。頭では分かっているのに、どうしても怖くなっちゃう。

 ため息が出て、視線も落ちる。



「リエル、顔を上げなさい」

「あっ、リリア様……」


 私がさっき見た時には優雅に馬を乗りこなして絵になっていたリリア様が、いつのまにか目の前にいた。


「あなたには可能性がある。自信を持てばなんてことないわ」


 ダメダメな私を励ましてくれる。気遣ってもらえて嬉しい……けど。


「ありがとうございます。でも、どうしても怖くて」


 完全に身体と感覚が高さと馬自体に抵抗を覚えている。リリア様から励ましの言葉を送られても馬にちゃんと乗れる気はしなかった。


「一緒に乗りましょう。二人なら怖くないはずよ」


 リリア様が優しく私の手を取り、言ってくれた。


「私とリリア様で……?」


 なんだろう。途端に乗れる気がしてきた。私って現金。


「言ったでしょ。困った時はリエルの先生になるって」


 リリア様と手を繋いで……というか引かれてだけど馬の元まで来た。もうちょっとリリア様の手の感触を堪能したかった。

 リリア様がウルスさんを呼んで、ウルスさんに補助されながらリリア様の後ろに乗る。


「ひっ」


 やっぱり怖い!

 悲鳴が出て、背筋が冷たくなる。


「しっかり掴まりなさい」


 思わずリリア様の腰にしがみつき、顔を彼女の背中にうずめる。

 リリア様の温もりを感じながら少しずつ落ち着きを取り戻した。リリア様の長い銀髪が風にそよぎ、私の頬に柔らかく触れた。髪の香りが鼻を通り抜け、心は甘い気持ちで満たされていく。背中が私に心地よい安心感を与え、自然とデレデレとしてしまう。

 恐怖が薄まった代わりに、身体の感触で心臓が早鐘を打ち始めた。


「うぅ、リリア様……」


 つい、リリア様にギュッと密着して身体が動く。

 すりすりと身体を擦り付ける度に、気持ちいい。内側から熱っぽくなって体温が上がる。

 リリア様をもっと全身で感じたい……。


「安心して、私がついているから」


 ビクリとする。

 今の私……完全に興奮して動いていた。言い訳もしようもない行動を咎められた気がして、冷や汗が流れる。


「えっと、あの、ハイ。もう大丈夫です」

「そう。ゆっくり歩かせるわ」


 馬の歩みで揺られながら周囲の景色に目を向ける。広がる学園内の芝生や、遠くに見える街並みが、日差しを浴びてきらきらと輝いている。風が優しく私の髪を撫でる。顔が綻んで心が落ち着く。


「リエル、今は私たち二人だけの時間よ。楽しんで」

「はい!」


 馬上での景色を楽しみつつ、リリア様の背中に寄りかかって穏やかな時間を味わう。

 銀髪が頬に触れる柔らかい感触に甘美な気持ちになる。普段から美しく輝く銀髪に見惚れていた私は、実際に触れることでその魅力をより一層深く感じられて幸福感に満たされる。

 リリア様の髪と背中に密着できるこの状況が、私の心を温かく包み込んでいた。


「はぁ……幸せです……」


 この幸せな時間がずっと続いて欲しい。このまま世界で二人きりになってもいい。

 そんな想いは叶わず、やがて馬は立ち止まった。


「高さに慣れたようだから、次はリエルの番ね」

「がんばりますっ」


 良い思いもしたし、何でもできそう。今の私は間違いなく無敵。

 ウルスさんの手を借りて、今度は私が前方に乗る。一人で初めて乗った時と違って、恐怖は感じなかった。

 私に続いて後ろに乗ったリリア様が腕を私の腰に回す。


 むにゅ。


 背中から柔らかい感触が伝わる。

 ドキリと心臓が跳ねて身体が固まる。


「リラックスして。馬はあなたの緊張を感じ取るからね」

「は、はいぃ」


 リリア様の優しい声かけに、私は深呼吸をしてリラックスしようと努めた。でも、リリア様の胸が密着している状態だと、どうしても平常心を保てない。抱きしめられている感覚で、一層緊張が高まる。


「ねぇリエル。私の名前を言ってみて」

「リリア様」

「違う。今はリリア先生って呼びなさい」


 リリア様が私の先生になってくれるという昨夜の話を思い返しつつ、指示された呼び名を口にする。


「リリア先生」


 突然、温かい息が私の耳元に触れ、甘く囁かれた。


「リエルは良い子ね」

「ひゃい……」


 耳から全身を巡って内側から溶かされる。

 多分、リリア様に抱きしめられていなかったら脱力して落馬してた。


「まずはゆっくり進んでみましょう。手綱を少し引いて、馬を動かしてみて」


 指示に従い、私は手綱を少し引いてみる。馬がゆっくりと動き出すと、リリア様の腕が微妙に動き、背中に伝わる感触がさらに鮮明になる。


「いい感じよ、リエル。その調子でゆっくり進んで」


 囁き声で褒められてゾクゾクし、内心では興奮と緊張が入り混じる。

 少しずつ馬の扱いに慣れていく。リリア様の腕の中で教えを受けながら、私はリリア様の存在の大きさを改めて実感した。


 リリア様がこんなにも近くにいてくれる。

 リリア様のことが、どんどん好きになる。


「ありがとうございます、リリア先生。少しずつ慣れてきました」


 リリア様に抱きしめられながら、馬の操縦に挑戦するこの瞬間が、私にとってどれほど特別で幸福なものかを感じながら、私は手綱を握り続けた。



 授業が終わって馬を厩舎に入れた後、一緒に部屋に戻ろうとした。

 でも、リリア様との触れ合いで心の中に溢れる感情がより強くなり、身体の熱がどうしようもなくなっていた。

 

「どうかしたの?」


 このままだと激情に身を任せて告白からの玉砕して死んだり、欲望をぶつけてウルスさんに殺されたりしそう。

 なんか、もうっ、ほんとに! これ以上は我慢ができない!


「……ちょっとお腹の調子が悪いので、お花摘みしてから戻ります。先に行っていてください」

「そう。わかったわ」


 お手洗いに駆け込んで、馬上での出来事を振り返りながら情欲を発散した。




 三回した。

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