4話:主人公:私は一人じゃない
誰かが私を呼ぶ声がする。
目を開けると、周囲がぼんやりとする。
目をこすりながら、ゆっくりと体を起こし、眠気を払おうとする。
声をかけた相手の優しい微笑みが、私を眠りの世界から現実へと引き戻してくれた。
「おはよう、リエル」
ベッドに腰掛けた美人さんが私に朝の挨拶をしてきた。
朝日を受けて、美人さんの長い銀髪がキラキラとしている。
綺麗……。
まだ目覚めきれてない頭で振り返る。
確か。
この人と出会って。
一緒にお話しをして。
お風呂で裸をいっぱい見た。
「おっぉはようございますぅ」
動揺して変な朝の挨拶になった。
サラサラとしたものが触れる肌の感触に気づいて自分の身体を見たら、淡いピンク色のえっちな服を着ていた。
薄手で胸の大部分は透けているし、パンツも透けて見える。
「この服は……?」
「あなたがお風呂でのぼせたからネグリジェを着せて寝かせたの。気分が悪かったりしないかしら?」
「大丈夫です。迷惑をかけてごめんなさい」
目覚めきって気づく。リリア様は同じデザインのネグリジェを着ていた。薄い青色が優雅に広がり、肌の上でしっとりと輝いていた。その姿から煽情的な魅力を受けて、私の心が惹かれる。
「まだ夢の中にいるみたい……」
「ちゃんと起きないとダメよ」
リリア様から頭を撫でられて気分がフワフワする。朝から幸せいっぱいで、今すぐ一日が終わっても満足できちゃうくらい。
リリア様とウルスさんと朝食を取った後、制服に袖を通した。
姿見に映る自分を観察する。
制服は黒を基調として清楚でありながら、細部の造りでさりげなく華やかさがあった。
リリア様から貰った髪留めも、心なしか昨日の格好の時より輝いている。
見慣れない自分の姿に対する満足感と喜びから自然と笑顔になる。
私でも素敵な姿になれるってことは……と着替え終わったリリア様に視線を向ける。
制服のデザインとリリア様の立ち姿が調和し、上品さと美しさが際立っていた。リリア様の気品を上手く引き立てており、制服がまるで身体の一部のように馴染んで見えた。
また、制服がリリア様の体にぴったりとフィットし、その大きな胸元が自然に際立っていた。制服の上からもはっきりと分かる膨らみから目が離せなくなる。
もしも、今のリリア様のおっぱいに触れたら。
制服の上質な素材と胸のやわらかな感触を想像してしまう。
軽く首を振り、汚い欲望を振り払う。
着替え終えたので二人で講堂に行き、入学式が始まった。
沢山の生徒が集まる場にいると、平民は私だけなんだと改めて実感する。
少し緊張する中で入学式が終わり、教室に移動。
席が自由でリリア様と並んで座れたことにホッとする。
先生の指示でクラスメイトの自己紹介が始まる。
聞いていると、自己紹介というより家のアピールが多いと感じた。
「領地では宝石のよりも美しいブドウがたくさん実っていてね。そのブドウから作られるワインは滑らかでありながら複雑な味わいがあって特産品として有名なんだ」
特産品の話だったり。
「我が家で仕えている騎士の中には王都の武闘大会で優勝された方もいますわ」
騎士の話だったり。
「父上が商人協会の重役の一人と友人でな。大きな取引にも関わっているんだ。なにか大きな買い物を考えているなら俺に声をかけてくれ!」
コネの話だったり。
とにかく、私とは住む世界が違うんだと分かった。
長い自己紹介が続いて、ようやくリリア様の番。
リリア様が静かに立ち上がるだけで絵になる。どんな風に自己紹介をするのかワクワクする。
「リリア・フォルティナよ」
一言で着席した。
終わった!?
短い! 短すぎませんかリリア様。
私の心の中でのツッコミとは別の理由でクラスメイトはザワザワとしていた。
「神話を実現させたっていう……」
「ネイルアートの産みの親で……」
「莫大な資産が……」
みんなの声が重なり混じっていて、よく聞こえない。
私が知らないだけでリリア様って有名な人なのかも?
そして、ついに私の番。
意を決して立ち上がり、クラスを見渡す。
好印象になるように、順番待ちの間にちゃんと考えた。
「初めまして、リエルと申します。皆さんと一緒に学べることを楽しみにしています」
笑顔を意識しながら口に出して着席。
リリア様のように平民の私でも受け入れて仲良くしてくれるかもと期待した。
でも、クラスメイトからの反応は期待していたものとは違っていた。
「なんで家名が無い人間が同じ空間にいるんだよ」
「平民なんかに着られる制服が可哀想ね」
「どおりで教室がくせぇなと思った」
「薄汚い血筋……」
明らかな嫌悪。
一気に居心地の悪さを感じる。
周囲の視線と悪口が、まるで鋭い刃物のように私の心に突き刺さってくる。
悪意には負けたくない。泣いたら負けだ。
だから涙が流れないように唇をきつく噛みしめ、グッと拳を固めて、必死にこらえる。
言い返したりすると余計に酷くなるのは目に見えているし、このまま下を向いて静かに耐えてやり過ごす。
私の手に、少し冷たい手が重なった。
私は顔を上げる。
赤くて美しい瞳に捉われた。
その瞳の鋭さに反して、周囲の瞳のような攻撃性は無い。
優しい視線と重ねられた手には、私を受け入れて支えてくれる温かさが込められていて、不安や孤独が和らいでいくのがわかる。
「リリア様……」
他の人の言葉も視線も気にならなくなった。
やがて、自己紹介が終わり解散になった。
リリア様のことしか考えていなかったから私より後の人は覚えてない。
私とリリア様が席を離れた途端、数人のクラスメイトがリリア様を取り囲んだ。
「お前は邪魔」
軽く突き飛ばされて、リリア様との距離が離れる。
クラスメイトは矢継ぎ早にリリア様へと話しかけていた。
聞こえてきた中で「婚約者」というワードが頭に引っかかる。
気になるけど、私が近寄れる状態じゃない。
ここに居続けてリリア様に気を使わせたくもないし、部屋に戻ることにした。
部屋で落ち着いているとリリア様が戻ってきたので出迎える。クラスメイトをまとめて相手したからか、少し気疲れしているように見えた。
「リリア様、お帰りなさい。お疲れ様でした」
「ありがとう。リエルも辛かったでしょう。あんな風に言われて」
「私は……」
リリア様がいてくれたら、誰かに何も言われても傷つけられても平気。
言葉にしてみると、重くて嫌がられるかもと考えてしまう。
だけど、私の中まで見透かすような赤い瞳に嘘をつきたくなかった。
「リリア様さえいてくださるなら他のことは気になりません。リリア様がそばにいるだけで、どんな困難も乗り越えられます」
自分でも思い切った発言だと思う。
リリア様は薄く微笑みかけてくれた。
「私もリエルがいてくれると嬉しいわ」
その微笑みが、心の中に深い安堵感をもたらしてくれる。
二人でテーブルについてゆったりする。自然と力が抜けていくのを感じる。
ほぐれた頭の中で、気になっていた「婚約者」のワードが浮かぶ。思わず聞いてしまう。
「あの、クラスの会話で婚約者がどうとか聞こえたのですが……リリア様には決まった方がいるのですか?」
「いないわ。やりたいことが多くて色々と忙しかったし、申し出はどんな男性でも女性でも断っていたの。今は学園を卒業することを優先しているから誰かと婚約するつもりもないわね」
貴族なら婚約者がいても不思議じゃないし、婚約者がいてもいなくても平民の私は婚約に関われない。
それでもリリア様の言葉に安心しながらも、私の心には別の疑問が湧き上がってきた。
「えっと、貴族の方は同性とそういう関係になることもあるんですか?」
「それなりにね。決まり事はないけれど、世継ぎのトラブル回避もあって同性の場合は長女と長男以外のケースが多いの。そのせいか、フォルティナ家の次女の私に縁談を持ち込む女性も割といるのよ。一応言っておくと、私は性別にこだわりはないわ」
「そうなんですね」
リリア様は性別でのこだわりはないと言った。
つまり女性でもリリア様と添い遂げることができるかもしれない。
あくまでも貴族の女性なら……だけど。
もしも、私が貴族だったらリリア様と──。
ありえない仮定を考えようとしても、現実との差で心がチクチクと痛み出す。
「リリア様がいつか良い方と出逢えることを願っています」
リリア様と接点を持てる学園にいる間は出会ってほしくない。
そんな自分勝手な本心を押し込めて、笑顔を作った。
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