4話:悪役令嬢:私の婚約
ウルスを部屋に入れてリエルを起こし一緒に食事をする。
食後、黒が基調の制服に着替えて入学式が行われる講堂に移動。
入学式は語ることもなく終わり、続いて教室に移動。席は決まってなかったので私とリエルは並んで席を取った。
教師が自己紹介をするように指示を出す。
クラスメイトの貴族による自己紹介なのか軽い自慢話なのか分からないものが続き、私の番。ゆっくりと立ち上がる。
「リリア・フォルティナよ」
名前だけ言って着席する。余計な発言はしない。必要がないからだ。
周りが少し騒つくが、どうでもいい。
続いて、リエルが少し緊張しながらも立ち上がった。金髪が揺れ、青い瞳がクラスを見渡す。
「初めまして、リエルと申します。皆さんと一緒に学べることを楽しみにしています」
少し照れくさそうに微笑んでから着席した。
普通なら直前でそっけなく自己紹介した私よりも好感触になるはずだが、貴族に混じる平民という環境は普通ではない。
クラスの貴族たちは露骨に嫌悪の感情を見せており、わざと聞こえるように悪態をつく。
「なんで家名が無い人間が同じ空間にいるんだよ」
「平民なんかに着られる制服が可哀想ね」
「どおりで教室がくせぇなと思った」
「薄汚い血筋……」
席に着いたリエルは押し黙って縮こまる。原作の描写通りだ。
原作との違いは、理解のある私がいること。
だが、仮に私が周りに注意しても変わりはしない。純粋に貴族と平民の壁は分厚い。
リエルがギュッと堪えるようにスカートを握っていた。
リエルの手に、私の手を重ねた。
机の下での行為だから他の人には見えない。
「リリア様……」
潤んだ瞳が私を捉える。
私には貴族の意識を変えるなんて大それたことはできない。
ただ、私がいることでリエルの気持ちが少しでも和らぐと良いな。
原作を遊んだ私は、味方がいない環境でリエルが胸を痛めていたことを知っているから。
自己紹介が終わり、教師が授業は明日から始まることを告げて解散となった。
情報集めの一環として校内をリエルと見て回ろう、と立ち上がったら何人ものクラスメイトが私の元に駆け寄る。
何事かと思いきや、もれなく全員が私に取り入りたくて媚を売りにきていた。笑顔の裏には下心が見え隠れしている。
「見てください! 昨日、リリア様の本店でネイルしてもらったんです!」
とりまきの一人から見せられた爪にはキラキラと輝く蝶が描かれていた。
昔、エリクサーを作った後の話。家に入れてもなお自由に使える大金が手に入り、私はそれを元手に前世知識を使った事業を始めることにした。
勿論エリクサーは不労所得にはなる。しかし、念のためにリスク分散を考えた。
私は、自分自身の思い出のようなエピソード記憶に穴があっても意味記憶のような知識は持ち合わせていた。
なので前世知識を活かしたことをしようとしたが良いアイデアが浮かばなかった。
というのも、この世界は生活水準が高い。
貴族以外で魔法を行使できる者は少ないが、誰でも扱える魔石が平民にも一般的なレベルで普及している。前世でいう冷蔵庫や食洗機や掃除機のような一部の家電製品は魔石を使って動かす魔道具として存在する。
デザインがファンタジーっぽい世界観でそれはどうなのとツッコミたくもなるが、すでに有るし便利だしで仕方ない。一応、テレビや電話や車や銃などの絵面に影響がありすぎるものは無い。
他だとリバーシやトランプのようなテーブルゲームは各種揃っており、貴族など西洋っぽい世界だが囲碁や将棋や麻雀もある。
そもそも世界共通語が日本語になっている。学校でも国語で漢字を習うし、古代語としての扱いで英語を習う。
食事は洋食も和食も中華もあって、前世知識でレシピ開発やマヨネーズの生みの親になるような余地は一切なかった。
色々と不自然だが、日本人が作ったゲームの世界だからと納得するしかなかった。
結果、芸術関係で考えてネイルサロンを世界に生み出した。
オシャレというか着飾ることが好きな女性の貴族層をターゲットとしたところ、上手く当たった。王都の本店から始まり、今では複数の都市に支店がある。
年数が経ってネイルアートが定着したことで、私の指導も必要なく店長とスタッフが働き、社長の立場でのんびりできている。
因みに、私は面倒だし邪魔だし大して興味がないのでネイルはしない。
「新作のネイルアートね。似合っているわ」
客ではあるので褒めておく。すると、私の一の返事に対して彼女以外も含めて十の言葉が投げられる。
案の定、話してくる内容は婚約者候補に自分はどうだとかエリクサーをタダで分けてほしいだとか。私ではなく、私が持つ資産なり影響力なりが目的だ。会話をする気も起きない。
そういえばリエルはどうしてるかな。
見渡すと、こちらの様子をうかがいつつも教室から出て行く姿がとりまき越しに見えた。
私は周囲の雑音の元に対して、明確に距離を置く冷徹な態度で対応を続けた。
やがてクラスメイトは諦めて散っていった。
騒がしいのは好きじゃない。今日のところは部屋で過ごそう。
部屋まで戻って扉を開けると、リエルがにこやかに出迎えてくれた。リエルの笑顔を見ると、自然と心の緊張が解けていくのを感じた。
「リリア様、お帰りなさい。お疲れ様でした」
自分勝手で疲れしか与えない連中の後なのもあり、ほっとした気持ちが込み上げてくる。
「ありがとう。リエルも辛かったでしょう。あんな風に言われて」
「私は……」
自分の指を軽くもてあそぶ仕草がどこか照れくさそうだった。青い瞳を見つめて、その口から出る言葉を静かに待った。
リエルは一呼吸置いて、深く息を吐いた後、ようやく言葉を紡いだ。
「リリア様さえいてくださるなら他のことは気になりません。リリア様がそばにいるだけで、どんな困難も乗り越えられます」
リエルの頬には赤みが差していた。
私は信頼してもらえている事実に心からの温かさを感じ、口元が緩んだ。
「私もリエルがいてくれると嬉しいわ」
二人でテーブルについてリラックスする。
リエルが口を開く。
「あの、クラスの会話で婚約者がどうとか聞こえたのですが……リリア様には決まった方がいるのですか?」
「いないわ。やりたいことが多くて色々と忙しかったし、申し出はどんな男性でも女性でも断っていたの。今は学園を卒業することを優先しているから誰かと婚約するつもりもないわね」
言った内容は嘘ではないが他にも理由がある。私には破滅の可能性が今もある。
婚姻にせよ婚約どまりにせよ、私にもしものことがあれば相手を悲しませたり迷惑をかけたりしてしまう。
……そもそも、恋人になって一緒に人生を過ごしたいと思える相手とのめぐり合わせも無かったけどね。
「えっと、貴族の方は同性とそういう関係になることもあるんですか?」
「それなりにね。決まり事はないけれど、世継ぎのトラブル回避もあって同性の場合は長女と長男以外のケースが多いの。そのせいか、フォルティナ家の次女の私に縁談を持ち込む女性も割といるのよ。一応言っておくと、私は性別にこだわりはないわ」
「そうなんですね」
リエルはどこか引っかかっているような微妙な顔をしていた。
男女で結ばれることが前提の乙女ゲームの主人公には受け入れ難い部分はあるのだろう。
「リリア様がいつか良い方と出逢えることを願っています」
リエルは笑顔を浮かべたが、その表情はどこかぎこちなくて緊張が見え隠れしていた。リエルの口元は笑っているものの、仮面のようだった。
私はリエルの気遣いを受け取り、気付いていない振りをした。
「ありがとう」
今の人生を添い遂げる相手を決める時が来たら、リエルのように優しくて良い子を選びたいな。
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