2話:悪役令嬢:部屋イベントのフラグを折る
噴水広場を後にして歩き始めると、リエルが不思議そうに尋ねてきた。
「リリア様、手荷物はお持ちではないのですか?」
「荷物はメイドのウルスが持っているわ」
リエルは辺りを見回すが、ウルスの姿は見つけきれなかった。それもその筈で、私たちに追いついたウルスがリエルの動きに合わせて視界の外にいる。高ステータスによるおふざけだ。
私が原作知識を持っていることによる補正なのか、私と私が拾ったウルスは鍛えれば鍛えるほどに見た目以上の力を持つようになった。原作では肉体的なパワーに相当するステータスが筋力ではなく運動力と表現されていたからだと考えられる。
筋力ではない理由は、乙女ゲームのステータスに筋力という表現が似つかわしくないからだろう。もしくは、ステータスをカンストしても主人公の立ち絵がムキムキにならないことへの理由付けかもしれない。
いずれにせよ、ゲームのようなステータス画面は無いので数値は確認できないが私とウルスは常人を軽く凌駕する力がある。
満足したのかウルスがリエルに軽く自己紹介をし、三人で学園に向かう。やがて学園の入り口につき、門番に入学許可証を見せて三人で中に入る。
すると、すぐに案内係の人が二人やってきた。一人は私とリエルに生徒用の部屋を、もう一人はウルスに使用人用の部屋まで案内するらしい。
別れるのでウルスからトランクを受取り、私たちは案内を受けて学園寮に入った。
「こちらがリリア様の部屋になります」
扉を開けて部屋に足を踏み入れると、まず目を引いたのは高い天井にかかるシャンデリア。壁はクリーム色の壁紙で覆われて絵画が飾られており、床には厚みのある深紅の絨毯が敷かれていた。窓辺には豪華なベルベットのカーテンが揺れており、外からの光を優しく受け止めている。
金色の装飾が目立つ三面鏡ドレッサーがあり、学習用と思われる机は上質な木材で作られており光沢に深みがある。
食事に使うテーブルは気品を現すような白色の物が置かれており、その周囲には細やかな彫刻が施された椅子が並ぶ。ベッドは天蓋付きで大きく、シルクのカーテンが優雅に垂れ下がっている。
部屋の主に仕えるメイドか執事に使わせるためと思われるキッチンも付属している。
家具一つ一つが高級感を醸し出し、まさに貴族のための空間だと感じさせる内装。部屋全体が上品な雰囲気を出していた。
一人用の部屋としては随分と大袈裟な部屋だった。
「では、次にあなたが過ごす場所に案内します」
室内を眺めていると、案内係がリエルにかける声が聞こえた。
二人が少し離れてから部屋を出て、こっそり後ろから追いかける。
二人は寮の外にある小さくて古い小屋の前で立ち止まった。リエルが扉を開けて二人で何か会話をし、やがて案内係が去った。
リエルは入り口で立ち尽くしていた。
私はリエルの元へ向かって歩きながら、小屋を見て考える。
原作では、お金を一定量払い部屋をレベルアップさせていくゲーム要素があった。
部屋レベルを上げていけば、ボロボロの小屋はやがて立派な建物に変わり内装も綺麗になる。
また、レベルが一定ごとに攻略キャラクターとのイベントが起きていた。攻略キャラクターが取り巻きの生徒から避難してきたり、落ち着ける場所として気に入ったり、試験前に秘密の勉強会を行ったりといった感じだ。
あとは……攻略には関係ないがレベルを最大まで上げきると実績トロフィーを貰えた。
リエルのそばに来て小屋を見ると、初期レベルとはいえボロ小屋にも程があった。
窓は割れているし、苔が生えているし、室内はリエル越しに見える範囲でも薄汚れた家具が目立つ。
部屋レベルが低くても発生するイベントに、リエルが風邪をひいて好感度が高い攻略キャラクターが世話をしてくれるというのがあった。こんな部屋にいたら病気になるのも当然だ。
「冗談でしょう? ここがあなたの部屋なの?」
「あっ、リリア様。いや、その……ハイ」
リエルが悪いわけではないのに気まずそうに肯定する。沈んだ雰囲気のリエルに私から提案をする。
「決めたわ。リエルをこんな場所で過ごさせるなんて許せない。私の部屋に来なさい。一緒に過ごしましょう」
リエルを私の部屋に住まわせることで、原作にある部屋イベントのフラグを全て折る。
それとは別にシンプルな理由で、後から改善できると知っていてもボロ小屋にリエルを住まわせたくはない。
「えっ!?」
リエルは驚き、私の言葉に狼狽した様子で私に聞く。
「私とリリア様が同じ部屋で暮らすって意味ですか……?」
「当たり前じゃない。他にどんな意味があるのかしら」
リエルは私の誘いをようやく理解して少し冷静になった様子だった。
だが、不安そうな表情で私に尋ねる。
「あの、どうしてそこまで私に気遣ってくれるんですか?」
「私があなたと仲良くなりたいからよ。だって初めて出来た大切な学友ですもの。リエルは私が相手だと嫌かしら?」
「嫌じゃありません! 私も……リリア様ともっとお近づきになりたいです」
リエルの顔にほんのりと朱が差し、それが愛らしく見えた。
「よかった。ルームメイトとしても、これからよろしくね」
私が握手を求めて片手を差し出すと、リエルは両手で応じた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私の部屋までリエルを案内した後、トランクから必要な物を取り出して生徒寮の管理人室に行った。
管理人に、私とリエルが同じ部屋を使う許可を願うと渋い顔をした。
「貴族と平民が同じ部屋というのは、ちょっとねぇ」
苦言であって却下ではない。
管理人は学園に雇われている人間であり、一世代限りの低い爵位の貴族だ。寮に住む生徒と、寮の管理人という学園ならではの力関係があった上で、公爵令嬢の私に強気にはなれない。この程度の反応ならば行ける。
「ところで、寮の管理というのは大変なお仕事なのでしょう? 貴族の方って我が強い方が多いですから」
「ハハハ……どうだろうねぇ」
私の言葉に頷けば貴族批判になるためか肯定はしなかった。しかし、否定もしていない。
「管理人様のお身体が心配ですわ。これは労わりの気持ちです」
私は管理人の机の上に、赤い液体が入った小瓶を三本置いた。
管理人は目を見開くと、ニヤリとして雰囲気が軟化した。
「気遣わせてしまって悪いねぇ。部屋の件は空きが無かったからには仕方ないことだねぇ。許可しておくよ、うん」
私は管理人に返事に満足し、管理室を後にした。
管理人に渡した小瓶の正体は、かつて神話のアイテムとされた霊薬のエリクサーだ。
原作には錬金術があり、金稼ぎの方法の一つだった。
稼ぎ方は錬金で安いアイテムを高いアイテムに変えて売ることだ。それぞれ一回限りだが、初めて錬金が上手くいった組み合わせはレシピ発見ボーナスの報酬が貰える。
エリクサーはゲーム終盤のサブイベントでレシピのヒントが貰える。ゲームの展開には無関係だし終盤なので錬金して金を稼ぐ意味もないが、レシピ発見ボーナスも売却価格も高額なので二週目以降は序盤に作ってしまえば楽ができた。
エリクサーは原作知識で錬金したが、目的は金稼ぎのためではない。治療のためだった。
フォルティナ家の家族構成は、お母様とお父様と長女で五歳上のお姉様と次女の私だ。
お父様は良くも悪くも貴族らしい人間で、長女に家を継がせることしか考えていなかった。私のことは長女が不慮の事故や病気で亡くなった場合に家を継ぐ予備とだけ認識しており、家族として接することは無かった。
お姉様は早くから別の家の次男を婿入りの婚約者として頻繫に交流していた。私と遊んだりまともに話すことは無かった。お姉様から「自分が死んだ時の代用品なんかと関わりたくない」と言われてからは私の方からも近づかないようにした。
お母様だけは私のことを気にかけてくれた。なんとなく寂しさを感じて一人で眠れない夜には、私が眠りにつくまで頭を撫でてくれた。
私が前世の知識に目覚めてしばらく経った頃、お母様が不治の病を罹った。既存の薬は効かず、休んでも回復することはなかった。
私は悟った。原作のリリアの歪みは、自分を見てくれた唯一の存在であるお母様がいなくなり、誰からも相手をされない寂しさから起きたのだと。
幼い私はお母様を治せるエリクサーを作るために、フォルティナ領から王都の錬金術協会の本部まで一人で向かった。
フォルティナ領にも錬金術を利用できる錬金術協会の支部はあったがエリクサー作成に必要な素材が置いていなかった。そして、予備の私がエリクサーのレシピをお父様に提示したり王都に連れて行ってとお願いしても聞き入れないことは分かり切っていた。
だから一人で向かった。本部についてからは安いアイテムからできる錬金を次々と行った。
本部の職員は、自分たちが見つけていないレシピの数々が目の前で発見される様子に驚きながらも報酬という名の資金を用意してくれた。
私は資金で本部にしか置いてない資材を購入し、この世界では伝説級に希少だったオリハルコンを錬金し、オリハルコンを材料に使って遂に神話の中にしか出てこないはずのエリクサーを錬金した。
存在するはずがない錬金レシピと言われていたオリハルコンとエリクサーが私の手で錬金されたことで、本部の中は大騒ぎになった。
錬金されることを想定すらしていなかったので報酬をどうすればいいのか分からないと混乱する職員たちに「その話は後にして」とだけ言って本部を飛び出した。
本部から駅までの道の途中で、運悪く貴族の子供狙いの野蛮な二人組に誘拐されかけたが、お礼の金が目当てのウルスに助けられた。ウルスはそのまま専属メイドとして拾った。
お母様はエリクサーで完治し、それから数年は経ったが、効果と需要の高さからエリクサーは高額な上に購入が中々できないのが現状だ。
私はレシピ発見者としての生涯特典で好きなだけ購入できる上に死ぬまで利益の一部が手に入る。
管理人に渡した分なんて私からすれば大したことない。私以外の人間にはそうでもないが。
部屋に戻ってからは、リエルと会話して孤児院のことを聞いたりし、食事を共にして寮の大浴場にも一緒に入った。
リエルは初めての豪華なお風呂にテンションが上がりすぎたのか、最後はのぼせてしまった。
のぼせたリエルには、ウルスの手も借りて私が持ってきていたピンクのネグリジェを着せてベッドに寝かせた。
そんなちょっとしたトラブルはあったが、今日を振り返ると前もって考えていた通りにイベントのフラグを折ることができた。
この調子で学園生活を過ごしていこう。
ベッドに入り、リエルを見る。とても穏やかな寝顔で、私も見ているうちに眠気に襲われる。
まどろみの中、そういえばと気付くことがあった。
「誰かと一緒に寝るのは初めてね」
リエルの寝息が聞こえるたびに安心感が胸に広がる。意識が自然と眠りに落ちていく。
「おやすみなさい、リエル……」
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