1話:主人公:運命の出逢い?

 魔動列車が王都ロナに近づくにつれ、私の胸は高鳴っていた。遠い田舎町に住んでいた私には都会に来るのは初めての経験で不安はあった。

 でも今は好奇心の方が勝り、車窓から見える光景に心を奪われていた。


 私は孤児院で育った。両親の顔も名前も知らず、年下の子供たちと共に小さな町で過ごしてきた。そんな私にとって、この魔動列車の旅はまるで夢の始まりのようだった。


 数ヶ月前、みんなで買い出し中に子供の一人が軽い怪我をした。傷の手当てをしようとした時、手が輝いてその光が怪我を治した。困惑する私を他所に周囲の人々は驚きの声を上げた。

 騒ぎがきっかけとなり、王都から魔術協会の人がやってきて色々と調べられた。結果、私には希少な光属性の適性がある上に魔法を発現できる量の魔力を持ち合わせていることが分かった。

 そうして、特別に王都にある貴族だけが通える魔法学園への入学が決定したのだ。

 孤児院の仲間たちや院長先生が涙ながらに送り出してくれたことを思い出し、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。


 列車が王都の駅に到着すると、私は荷物を持って降り立った。

 広がる街の光景は、田舎町とは全く違う。高い建物が立ち並び、道行く人々の服装も華やかだった。


「ここが王都ロナ……」


 これからの生活がどんなものになるのか、どんな人たちと出会うのか、全てが未知でワクワクする。

 私は切符と一緒に送られてきた学園までの小さい地図を取り出して、期待を胸に歩き出した。


  ◇ ◇ ◇


 ──ツイてない。

 ため息が出る。


 駅前から街並みを眺めながら歩いていたせいで足元がおろそかになり、露店が置いていた木箱に足をぶつけてコケてしまった。

 倒れた先は雨上がりの泥だまりでローブは汚れるし持っていた地図は途中から先の道筋が見えなくなった。


 困ったので道行く人に尋ねようと声をかけてみたら「汚ねぇからこっち寄んな」と言われたり無視されたりだった。


 華やかな街並みが、汚い私を排除したそうに見えて気落ちする。それでも気を取り直して、地図で分かる部分に辿り着くと噴水広場が現れた。

 立ち止まって眺めると、広場には笑顔で話す人々や楽しそうに遊ぶ子供たちがいた。私は幸せそうな光景に元気を分け与えられた。


 きっと、どうにでもなる。途中まで来れたし、学園っぽい建物を探しながら歩き回ればいいだけ。


 不要になった地図をしまい、周りを見ながら改めて足を動かす。

 その途端に、石畳の出っ張りに靴のつま先を引っ掛ける。

 あっ、と思った時にはもう遅くて身体に鈍い衝撃を受けた。


「うぐぅ……」


 幸いなことに、尾を引く痛みや血が流れる感触はない。

 でも今日だけで二回目の転倒。すぐに立ち上がる気力が出ない。

 初めての王都で、特別な日になると思っていたのに……。



「大丈夫? 立てるかしら?」


 誰かの優しい声。

 顔を上げると、女性らしい手が差し出されていた。

 心細さから思わず掴む。体温が低いのか、少し冷たい。

 手の細さに反して力強く私を立たせてくれた。


「あっ、ありがとうござい……ます……」


 手を貸してくれた人を見た瞬間、時間が止まったかのように感じた。 

 

 最初に目を奪われたのは、瞳。

 紅い瞳は宝石のようで、まるで私の心の中まで見透かすような鋭さを持っている。


 次に目に入ったのは、美しい髪。

 銀色で腰まで届く長い髪は絹のような滑らかさが風に揺れる様から伝わり、キラキラと輝いている。月の光が宿っているかのような美しさに息を吞んだ。


 最後に目を引いたのは、大きな胸。

 豊満な胸は露出していないというのに目立つほど服の下から強く主張しており、自然と視線がそちらに吸い寄せられる。


 子供の頃、街中で見かけて憧れていた高級なお人形よりもずっと綺麗な存在が私の目の前に立っていた。


「少しだけじっとして」


 私が何も言えず硬直していると、彼女はハンカチを私の顔に当ててきた。

 柔らかな感触とハンカチ越しの指先から、彼女の気遣いがじんわりと伝わってくる。


「わ、わぁ……」


 汚れと共に緊張感も落ちてきて改めて彼女を見ると、格好から貴族であろうことに気付く。

 長くは無い人生の中で貴族とは話したことも触れ合ったこともない。住んでいた町では、遠目に何度か見かけただけ。それも周りに威張っている様子しか思い出せない。


 目の前にいる人は品があり物腰が落ち着いてそうに見える。

 この人なら教えてくれるかもしれない、と考えて道を尋ねてみると思ってもみなかった答えが帰ってきた。


「偶然ね。私も今年の入学者なの。私も学園に向かうところだったから一緒に行きましょう」


 こんなことってあるんだ……。


 見惚れるほどに綺麗な人との運命のような巡り合わせに胸の内がそわそわする。


「はい! えっと、私、リエルって言います。よろしくお願いします」

「リリア・フォルティナよ。よろしくね」


 お互いに名前を名乗った後、リリア様の指が私の前髪に触れた。

 なんだろうと思ったら、私の目にかかっている前髪が気になったらしい。


「ところで、髪留めは持ってないのかしら。前髪で周りが見えなくてまた転けないか心配だわ」

「持っていたんですけど……出る時に忘れちゃいました」


 よく使っていた髪留めを孤児院に忘れたことを今更ながら思い出した。

 すると、リリア様は私に銀の髪留めをプレゼントすると言い出したので私は慌てた。でも、リリア様から高価な物ではない上に使い道が無いものだからと説明をされた。なので素直に甘えて、髪留めを貰うことにした。


「そういうことでしたら……ありがたくいただきます」

「良かった。ちょっとだけ動かないでね」


 リリア様の髪と同じ色の髪留めをリリア様の手でつけて貰う。

 なんだか私の一部がリリア様の物になったみたい。


 なんて考えは気持ち悪いかな。

 口に出したらリリア様に気持ち悪いと引かれるかも。

 うん……感覚を味わうだけにしておいて黙っておこう。


「よく似合っているわ」

「ありがとうございます。これでリリア様がよく見えますね」


 リリア様が薄く微笑んでくれた。

 静かで仄かな温かさが垣間見える表情にドキリとする。


「行きましょうか。リエル、私から離れたらダメよ」

「はい!」


 気落ちしていた自分はもういなかった。だって、素敵な出逢いがあったのだから。

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