乙女ゲー主人公の恋愛フラグを折ったら転生悪役令嬢の私と主人公でフラグが立った件
シャリ@ファンタジー百合連載中
1話:悪役令嬢:初手フラグ折り
自室にある大きな姿見。映るのは寝間着を着た幼い自分の姿。
白銀の長髪。
紅い瞳に冷たさを感じる目つき。
現時点で成長性が分かる胸元の膨らみ。
「見た目も名前も一致している……」
ゆっくりと鏡に手を伸ばした。冷たい鏡面に触れると、自分が本当に存在していることを実感する。
八歳になる日の早朝、頭痛と共に思い出した。今の私とは別の人生を過ごしたことがあったことを。つまり、前世の記憶だ。
とは言っても、前世の名前や顔や親や友人や死んだ時のことは思い出せていない。一番ハッキリと思い出したのは、前世で遊んでいた乙女ゲームのこと。
ゲームの名前は「マジカル☆アカデミー Gold Palm」だ。
舞台は魔法が存在する世界の貴族向けの学校。希少な光属性の主人公は特例として、生徒では唯一の平民として入学。
入学後は魔力、知力、運動力のステータスを伸ばしてイベントをこなし攻略キャラクターと仲を深めていく。
だが、ゲームのお邪魔キャラとして悪役令嬢がいた。悪役令嬢は攻略キャラクター達に執着し、主人公に対して様々な嫌がらせを行い、各ルートの最後には追放や命を落とすなど何かしらの破滅を迎えていた。
その悪役令嬢が今の私、公爵令嬢のリリア・フォルティナである。
普通に考えると主人公と関わらず大人しくしておけば平和な人生を過ごせそうだけれど……ゲームが元になっている以上はシナリオの強制力や原作再現などで急に破滅する可能性があるかもしれないのが怖い。
破滅を確実に回避するには、ゲームで悪役令嬢が生存していることが明言されていた唯一のルートに主人公を誘導するしかない。
本編開始までは残り八年。準備をする時間は十分にある。
◇ ◇ ◇
前世を思い出したあの日から八年が経ち、ゲーム本編開始日を迎えた。
私は王都ロナの噴水広場にあるカフェで、専属メイドのウルスと共に紅茶を飲んでいた。
「なぁ〜、お嬢はまだ学園に行かないのか?」
ウルスが特徴的な赤髪を手で掻きながら呆れた様子でボヤく。それも無理もない。実家から王都入りは前日に済ませて宿泊し、早朝には宿を出て噴水広場のそばで時間を潰し続けて昼時を過ぎている。
「運命の時が来たら向かうわ」
私の言葉を聞いてウルスは無言でテーブルに突っ伏した。
ウルスの態度にはメイドらしさがない。ウルスは過去に私が原作にない行動を起こしたことで出逢い、拾えた人物。
私は過去の出来事を想起しようとして──やめた。
お目当ての相手がようやく視界に入ったからだ。
私より僅かに背が低く、金髪が胸元の高さまで伸びている。左手で古そうなバッグを持ち、旅に向いてそうな灰色のローブを着ているが泥を被ったのか汚れていた。
デフォルトネームは存在するが名前入力できる仕様なので名前は分からないが……間違いなく乙女ゲームの主人公だ。
原作の主人公は、学園までの道が噴水広場から先が分からない状態となり迷子になる。夕方まで彷徨い続けて泣きかけていると、お忍びで街中に来ていた攻略キャラクターの第一王子アレンに声をかけられる。それから学園まで送ってもらい、別れ際に花を模した髪留めをプレゼントされるまでがオープニングイベントになる。
その後、学園でしばらく日々を過ごすと途中入学のアレンと再会して、助けてくれた人が実は第一王子だったことを知った主人公は運命を感じるという流れだ。
私はこのフラグを折る。ゲームのテキストでは噴水広場に来た際の正確な時間までは書かれてなかったので、朝から張り込んでいた。
ウルスに会計を頼み、彼女の元へ歩む。私が声をかける前に、キョロキョロと周りを見ながら歩き出した彼女が前のめりに転倒した。
顔に傷でもついていないか普通に心配になる。手を差し出して、改めて声をかける。
「大丈夫? 立てるかしら?」
彼女は私の手を握ってきたので、ゆっくりと立ちあがらせる。
「あっ、ありがとうござい……ます……」
彼女はお礼を言いながら私と目が合うと硬直した。手を貸してくれた相手が貴族だとは思わなかったのだろう。
「少しだけじっとして」
ハンカチを取り出して、砂埃で汚れた顔を優しく撫でるように拭いた。
「わ、わぁ……」
彼女はされるがまま大人しくしており、拭き終わる頃には少し落ち着いた様子だった。
改めて彼女の顔を見る。
胸元まで伸びているロングヘアーの金髪。
どこまでも透き通るような青目。
柔らかそうな雰囲気の顔つきに、控えめの胸。
主人公らしいパーツで、一人の人間が出来上がっている。
実際に目にすると、ゲームの立ち絵よりもずっと可愛らしい。ただ、髪留めがないので前髪は目にかかってしまっている。
「貴方が倒れる前……何かを探してるようにも見えたけど王都は初めてかしら?」
「そうです! あの、今日からロナ魔法学園の生徒になるんですけど道が分からなくて……知ってたりしませんか?」
「偶然ね。私も今年の入学者なの。私も学園に向かうところだったから一緒に行きましょう」
知っていたから偶然でも何でもないのだが、私の言葉で彼女の表情がぱっと明るくなり、元気よく返事をする。
「はい! えっと、私、リエルって言います。よろしくお願いします」
リエルがペコリと頭を下げる。
『リエル』は原作でのデフォルトネームだ。私はデフォルトから変更せずに遊んでいたので、リエルという名前は馴染み深い。プレイヤーがふざけて入力したような名前ではなかったことに安心する。
「リリア・フォルティナよ。よろしくね」
二人で歩き出す前に、私はリエルの前髪に触れる。
「ところで、髪留めは持ってないのかしら。前髪で周りが見えなくてまた転けないか心配だわ」
「持っていたんですけど……出る時に忘れちゃいました」
リエルはバツが悪そうに言う。
私はあらかじめ用意していた、純銀でシンプルな髪留めを取り出して見せる。攻略キャラクターとの髪留めイベントは今のうちに潰しておく。
「なら、私の髪留めをあげるわ」
「そっ、それは悪いです。それに高い物じゃないんですか?」
「ここに来る途中の露店で買った物よ。高価って程の物じゃないわ」
私は自分の長髪を手で軽くとかして、嘘の言葉を続ける。
「買ったはいいけど、私の髪色にこの髪飾りは色が溶けてしまってイマイチだったの。だから持て余してる髪留めなの。ムダにしないためにも受け取ってくれないかしら?」
「そういうことでしたら……ありがたくいただきます」
「良かった。ちょっとだけ動かないでね」
たかが髪留め。されど髪留め。
リエルに渡して鏡も無しに適当につけさせるわけにはいかない。私がつけてあげた。
黄金の輝きに添えられた銀が煌めく。
「よく似合っているわ」
「ありがとうございます。これでリリア様がよく見えますね」
私に向けて笑顔で少し照れくさくなるような言葉をくれた。
「行きましょうか。リエル、私から離れたらダメよ」
「はい!」
こうして、私とリエルは原作とは違う歩みを始めた。
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