闇の中の約束
僕は彼が、壁に取り付けられた穴から帰っていくのを見送った。
これでまた、しばらくは彼に会えない。
僕はがっかりしながら、森の奥へ帰る。僕は暗闇が好きだ。僕のような生き物が生まれて、いずれ還る場所。この地上の遙か下に、僕の故郷はある。
「よう。ようやく形をもらったのかい、チビすけ」
上から声がした。大きな梟だった。僕は、この声を知っている。名前は知らない。
ときどき、僕のそばにきて大きな魔物を仕留めて分けてくれたものの声だ。
「ああ、いい、いい。喋れるようにはなっちゃいないだろう。しかしなあ。まさかお前、そんないい形を貰うとは、羨ましいぜ」
梟はそう言って首をぐるりと回した。僕の形が、いったいなんなのだろう。そういえば彼も、珍しいと言っていた気がする。
「知らねえのか。無理もない。お前はユニコーンになったんだ。ここを護るのに、それ以上の形なんてないだろうよ。もっとも、用心して隠れなきゃならねえが」
彼もそんなことを言っていた。ユニコーンの角は希少だと。僕は僕にそんなものが生えているとは分からなかったけれど、彼が言ったならきっと生えているんだろう。梟は呆れたように、ホゥ、と鳴いた。
「お前の武器だぞそりゃあ。いいか。お前、そんな素晴らしい形を貰ったんならきっちり役目を果たさなきゃ嘘ってもんだぞ。分かってるか」
はて、役目ってなんだっけ。僕はすっかり彼に触れてもらったことが嬉しくて、すっかり忘れてしまったみたいだった。なんだっけ。僕の、役目。
「おうおう、浮かれちまうのも仕方ねえがな。お前が役目を果たさなけりゃあいずれ神聖なるものも死んじまうぜ。何のために形を貰ったんだか分かりゃしねえ」
梟の言葉に僕は僕の核が凍ったかと思った。そんなことあるわけはないのだけど、それぐらいに僕には衝撃だった。彼が死んでしまうなんて、そんな馬鹿なことあっていいわけがない。僕のそんな心の内が分かったのだろう、梟はまあ落ち着けと言って、居住まいを正した。首が真横に傾く。ぎょろりとした金色の目が、じっと僕をみつめる。
「お前の役目はたった一つだ。お前に形をくれた神聖なるものを護る。それだけでいい。できるか?」
梟は、緊張をほぐすように羽をばさばさと震わせる。その言葉が本当なら、僕はきちんとできると思った。もとより僕は、彼のためならなんだってできると、今日思ったばかりだった。
「そうかい。それならよかった。しかし、簡単なことじゃないぞ。ここは俺たちが生まれやすい場所だ。そういう場所がどういうものか、お前には分かってるはずだ」
梟に僕は頷いてみせた。僕たちが生まれやすい場所ということは、人間にとってはあまりよくない場所ということだ。そういうところには、悪い人間もやってくるし、魔物も、魔獣も、集まってくる。
そいつらから僕は、彼を守るのだ。
梟は、うんうんと頷いた。そして、ほっとしたように力を抜く。
「よかった。よかった。……これで後を任せられる。なあ、何があっても、神聖なるものだけは守るんだぞ。……お前は、お前に形をくれたものを一番に考えるんだ」
梟はそう言って、跡形もなく消えた。
その気配はもうどこにもなく、梟は生まれたところに還ったのだと僕は悟った。
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