第5話 決意を込めた誓い


 これで、生活の基盤くらいは整ったと思う。みんなが一つの部屋で一人寝れるようにして、倉庫と畑もある。


 五歳児の身体だと、本当に疲れる。


 重いものとかも持てないし、この年齢だと限界があるかもしれない。


「ぷみゅ、おちゅかれちゃまなの。これでひと段落なの」

「はい」

「あちらから、十年間お勉強なの。学園通って、ちぇいちぇきトップでちょつぎょう。頑張るの」


 学園。この国の貴族は必ず通わないといけない。ぼくも例外じゃない。入学式が、明日。明日からは、毎日、寮生活をしなければならない。


 まだ、色々とやりたい事はあるけど、学園に通わないとだから、一旦休もう。


「みんなあちゅまってるの。学園行く前に何か言ってくの」


 領民達が広場に集まっている。これで、ここにいるみんなと十年間会えなくなる。


 多分、これがぼくの学園前の最後の言葉。信用度を上げるとか、そんな事は考えたくない。


 十年間会えないんだから、そんな事よりももっと、自分が言いたい事を言いたい。


 ぼくが言いたい事、それは


「ここまでできたのは皆様のおかげです。ぼくは、明日から学園に通わなければなりません。十年間、帰れないでしょう。なので、その、忘れないでください」

「領主様の事を忘れるはずないですよ。こんなにも良くしてくださっているのですから」

「ちゃんと勉強して、立派になって帰ってきてくださいな」

「領主様のためにも、もっといっぱい道作っておきます」


 たった二日間。長いようでとても短い時間。その時間で得たものは大きい。その時間で培ってきたものは、きっと十年の月日をより一層長く感じさせるものだろう。


 ここへ帰ってこれない寂しさ。それをグッと抑え込んで、最後まで笑っていた。上手く笑えていたかは分からないけど。


「チェルド、エレエレちょうてん行くの」

「はい。では、皆様、十年間待っていてください。必ず、今よりももっと立派になって帰ってきます」


 最後の挨拶をして、ぼくはエンジェリアに腕を引っ張られながら、エレエレ商店へ向かった。


「ふみゅ、エレからぷれじぇんとなの。ちゅかれた時はこれを飲んで。かんじぇんばん、エレとくちぇい栄養ドリンク。一本ちゅくれたから、ちゅっごくちゅかれているのにやちゅめない。ちょんな時に飲んで」

「ありがとうございます。そんな時はない方が良いですが」


 エンジェリア特性栄養ドリンク完全版。それは、エンジェリア以外は作れない領域の薬。あの本でそう書いてあった気がする。


 エンジェリアは、少しだけ寂しそうにしている。


「あの学園、安全とは限らねぇからこれ持っとけ」

「はい。ありがとうございます」

「毒とかも渡した方が」

「遠慮しておきます」


 護身用の短剣。ゼロは、学園が危険な場所だと心配してくれているみたい。


 あの本には一度も書かれていなかった場所。ぼくは、その学園に対しての知識はないから、気を付けておこう。

 勉強だけなら、転生前の知識で成績トップというエンジェリアのクエストを楽々できると思う。だから、前のように妬まれないようにする事も気をつけた方が良いかもしれない。できるだけ安全に過ごすために。


「何かあれば連絡して」

「ありがとうございます」


 連絡魔法具。貴族なら誰しも持っているものだけど、ぼくは交友関係がなくて持っていなかった。


 使い方は、転生前の知識でいける。電話と同じようなものだと思うから。


「……蝶の加護を……十年間、絶対に切れない加護。その辺のエリクルフィアより強力だ」


 あの本に少しだけ書かれていた。エリクフィアに住む種族、エリクルフィア。この世界の神的存在だと書かれていた。


 蝶という単語も覚えがあるけど、思い出せない。どこかの章で書かれていた気がするんだけど。


「ありがとうございます」

「明日の朝、邸に伺う。見送り、させて欲しい」

「はい。待ってます」

「じゃあ俺も、もう女装は良いよな?あの服でいると動きづらいんだ」

「どうしてあの格好してたんですか?」


 男も働いているから違和感なんてない。なのに、ゼロはずっとシェオンとして女装をしていた。


 それを聞いてみると、ゼロがエンジェリアの後ろに隠れた。何か言えない事情があるんだろうか。


 それなら、無理に聞くわけにはいかない。


「エレが無理やりきちぇてめんしぇちゅいかしぇたら受かっちゃったの」

「それで、そのまま……全部エレのせいだ!」

「エレはちりまちぇん。本当に男か女か確認ちない人が悪いんでちゅ。これだと、あんちゃちゅちゃとかも、嘘ちゅいて入れるかも」


 ごもっとも。何も言い返せない。ぼくは採用に関わっていないけど。


 大きくなれば、ぼくもそういうのを見る事になるだろうから、その時はこの事を忘れずにしっかりと相手を見る事にしよう。


 転生前に面接官やった事があるけど、その時も何度か騙されたから、本当に気をつけないと。


 転生前だと、ものを盗んでとんずらするだけで済んだけど、この世界でそうとは限らない。本当にエンジェリアが言うように、暗殺者とかを送り込まれてくる可能性だってある。


「転移魔法使うぞ」

「はい」


 これでもう、この領地とは十年間のお別れ。寂しいけど、我慢しないといけない。


      **********


 相変わらず趣味の悪い部屋。なんだか、何年も帰っていなかった気分。明日から、本当に何年も帰れなくなるんだけど。


 そう思うと、この部屋も少しだけ寂しく感じる。


「この宝石売れば、高いでしょうか?」

「多少はなる。それで、領地を豊かにするのも良いかもしれねぇな」

「はい。これ、全部売ります」

「だったら、アクセサリーを作る素材にすれば良いだろ。宝石三つとポイント百ポイントまたは、宝石五つで」


 ゼロゼロポイントの使い道はほとんど見ていなかった。五つならここにある分でかなり作れる。


「アクセサリーは、特殊な加護を付けてやる。領民達を守る事にも繋がる」

「では、こちらにある宝石を全てアクセサリーに変えます」

「毎度。この数なら、今の領民全員に渡せるな。渡すのは自分でやるか?」


 十年間、その間に何かあるかもしれない。そうなった時に、その加護で守られて無事だったというのがあるかもしれない。


 ぼくが直接渡す事にこだわる必要なんてない。それよりも、領民の安全が第一。


「渡すのもお願いして良いですか?」

「ああ。手数料として、卒業後教科書を」

「良いですけど、何に使うんですか?」

「エレの教育。それに、あそこの子供達の教育にもなるかもしれねぇな。エレを反面教師として」

「あはは、昔から勉強嫌いで逃げてましたからね」

「ああ。毎回捕まえんのに苦労した」


 転生前、中学までは同じ学校だったから、その時に何度も見てきた。宿題をみんなでしようという話になって、ぼくの家の時も星音達の家の時もあった。その両方で、いざ宿題開始となると、毎回のように星音が逃げ回っていた。


 でも、不思議な事に、星音は高校までの間ずっと成績が可もなく不可もなくって感じだった。あれだけ拒否反応を起こしていたのに。


 カンニングの疑いとかかけられていたけど、星音は一度もカンニングなんてしていない。監視の元でテストしても、それなりの点数は取っていた。


「制服の準備しといたから、俺は使用人部屋に戻る。何かあったら呼んでくれ」

「はい。ありがとうございます」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 ゼロが部屋を出て一人になった。


 ぼくは、荷物の整理をした。


 寮に持って行くものは少ない。寮には何も持ってかなくても良いくらいの設備とものが整っているらしいから。


「……日記、こんなの付けていたっけ?」


 知らない日記。でも、字はぼくの字。


 中を読んで見ると、そこにはぼくの知らないチェリルドの事が書かれていた。


 あの本で書かれていたチェリルド。その日記のチェリルドというのはまさにそれだ。


 少し、後ろめたさはあったけど、大事な事だと思うから読ませてもらう。


 あの本では、好きになれないような悪役貴族。でも、日記では違う。


 こうするしかなかった理由が書かれている。この国のしている実験についても。


 あの本には書かれていない真実。チェリルドは、この国に逆らえなかった。この国は、人の王ではない。王など存在しない。


 この国は、全て幻想。それを知って、それを隠せという組織に逆らう事ができなかった。そう書かれている。


「……じゃあ、チェリルドの最後は」


 エンジェリアを大切にしている事。ゼロ達と面識があった事。フォルに何度も、この真実を言おうとしては止めていた事。


 その最後に、書かれていた。


『ぼくは、最後の最後にようやく悪役らしくできたと思う。国を崩壊させてやった。全部言ってやった。エンジェリア姫、申し訳ございません。勝手にいなくなる事を許してください。姫がもっとも嫌いな事をするので、どうか嫌いになってください』


 あの本で、チェリルドは最後に窓を見てエンジェリアの名前を呼んだ。その意味がようやく理解できた。


 あの本で、エンジェリアは、自分の前から大切な人がいなくなる事を恐れている。嫌っている。そう書かれていた。だから、チェリルドは、嫌われようとしていた。


 わざと、エンジェリアを邪険に扱って。


 本当は、ぼくのように領民を救いたかったと思う。領地の改革をして豊かにしたかったんだと思う。


 そういえば、あの時のゼロの後悔。それも、この日記の内容に関わっているのかもしれない。


「ふぁぁ」


 疲れているから、今日は寝よう。まだ気になる事はあるけど、それで夜更かしして明日寝坊とかできない。


 何も考えずに寝転べば、すぐにでも寝れそう。


 ぼくは、ベッドに横になって目を閉じた。


      **********


 翌朝、エンジェリア達が見送りに来てくれた。


 エンジェリアはまだ眠そう。星音も朝に弱かった。寝坊して遅刻ギリギリという事がよくあったくらい。


「……準備ちゃんとできてる?」

「はい」

「これ、餞別」


 袋いっぱいのジュリュ。この世界のお金。フォルは、昨日のあの時からずっと目を合わせてくれない。あの日記が関係しているんだろうか。


「ありがとうございます」

「十年会えなくなるだけだろ。その渡し方と言い方が、二度と会えない感じ出してんだが?」

「……じゃあ、入学祝い」

「それなら」

「……奇跡の魔法まで使ってやったのに、おんなじ失敗をしたら見捨てるから」


 奇跡の魔法が何かは分からない。でも、失敗というのは、あの時の事だろう。あの日記の時の事。


 でも、あれはぼくじゃないはずなのに、なんでぼくだというように言っているんだろうか。


「はい。覚えておきます」

「それと、経営学とか学んでおいたら?役に立つんじゃない?」

「エレ的には、ちょくぶちゅがくも学んだ方が良いの」

「建築学とか学んで、転生前の知識と組み合わせるのも面白そうだよな。俺らと違って、転生前に色々と学んでいるし」

「魔法学も必須」


 選択科目だから、全部学びたいけど、時間割大丈夫なんだろうか。転生前に通っていた学校のように、うまくなっていれば良いけど、日記だと、時間割を考えておかなかったら、後で痛い目見たと書いてあった。


 時間割で、大丈夫だったらにしよう。留年にはなりたくない。


「エレのおかちちゅくるお勉強もわちゅれちゃだめだよ?」

「転生前に無人島でサバイバルやったとか言ってたから、保存食の作り方学んでおけば、素材集め五日間、森過ごしに参加しても良いから」

「チーズの作り方は覚えなくて良いからな」

「パンとか覚えていれば便利かも」

「えっと、はい。こっちの世界でのものを学んできます」


 転生前は、全て作れていた。でも、こっちの世界で作れる材料があるとは限らない。だから、その辺も学ばないと。領地改革に、素材集めは必須項目だろうから。


「頑張ってね。じゅっと待っとくから」

「ちゃんと学んでこいよ。どっかの姫みたいに逃げないで」

「こっちでも勝負できるようになるのを待ってる」

「……勉強はちゃんとして。自分でできる事を増やしても、何かあれば、いつでも相談に乗るから言って。絶対に、協力するから」

「はい。フィルと勝負できるくらいに学んできます。それとエレじゃないですから逃げませんよ。勉強は嫌いではないので……何かあれば、必ず連絡します。寝ているかもしれない時間でも。それに定期的に連絡するので、分からない事とか教えてください」

「寝てたら無理かなぁ。そんな時間に連絡きたら、規則違反だーって笑うとこから始めてあげるよ」


 いつもの柔らかいフォルに戻った。


 日記に何度もフォルに相談しようとしていたと書いてあったから、何も相談しなかったチェリルドの事を怒っていたのかもしれない。


「欲しかった返しをくれたお礼に、一つだけ教えるよ。ぼくが使った奇跡の魔法は、巻き戻しと似ている。巻き戻る前の何かを残したまま、おんなじ時を繰り返す。時間は進んでいるけどね。それをした理由は、そのうち知れたら良いね。ついでに、本来の君は、あの世界の方で僕らと出会ってなかった」


 そういう事だったんだ。


 転生前に良く読んでいた。神様にギフトをもらい、異世界に転生する話。ぼくは、多分、奇跡の魔法をする前はそうだったんだろう。


 でも、今のぼくは、神様じゃない。フォルに、エンジェリア達に、チャンスをもらった。


 あの本の、奇跡の魔法前のチェリルドに感謝しないと。エンジェリア達と会ったおかげで、今ぼくはこんなチャンスをもらえたんだから。


 しっかり勉強して、もう、悪役貴族としての道を歩まない。


 初めは、あの本のチェリルドが嫌いで、そんなふうになりたくない。チェリルドは性格が悪いだけだと思っていただけの言葉だった。


 でも、今は違う。


 あの本のチェリルドが本当にしたかった事。奇跡の魔法の前のチェリルドの想いを継いで、同じ道を辿らない。


 そのために、この言葉を使う。


 ぼくは、チェリルドのようにならない。悪役貴族になんてならない。


 ぼくは、この実験地に豊かさを与える。


「ぼくは奇跡を背負います」

「ああ、そうしてくれ。じゃないと、魔法を使った意味がなくなる」

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