第3話 道の整備


 初めての魔物討伐。パチパチと拍手の音が聞こえる。

 エンジェリアが、拍手していた。


「おちゅかれちゃまなの」

「お怪我はありませんか?」

「エレの魔法はちゅごいの」


 エンジェリアに怪我がなくて、ホッと胸を撫で下ろす。恋愛感情がなくとも、一応婚約者だ。そうでなくとも、エンジェリアはぼくのために協力してくれている。

 そんな小さな女の子一人守れないようなら、領主として失格だろう。


「ふみゅ、なんだかむじゅかちく考えしゅぎな気がちゅるの。お気楽でも良いの」

「そうでしょうか」

「ふみゅ、考えちゅぎると、大事な事も分かんなくなっちゃうの。本能でいれば良いの」


 転生前から、ぼくは星音に考えすぎだと何度か言われていた。あの本の話の中でだけど。未来の書。そんな題名に、色々と考えてしまっていたから。


 その言葉を、転生後の星音であるエンジェリアに言われるなんて。


「エレ、夜の外は危ないからだめって言ったはずだよ」

「フォルがいないからなの」

「僕はいつも通り情報収集していただけだよ。管理者としての役割も果たさないとだから。エレとらぶってしてたいけどね」

「みゅぅ。エレもエレも」


 あの本でも書いてあった。フォルは、世界を守る管理者。管理者の実態とかは何一つ書いてなかったから、それについては転生前の本の知識を駆使しても分からない。この世界にもあるんだけど。


「ちゅかれた。道の整備ちゃれていれば、ちゅかれもちゅくなちょう」


 道の整備。それなら、転生前にレンガ道を作った事がある。レンガから。


「ぼく、レンガ道でしたら作れます」

「ふみゅ⁉︎じゃあ、あちたは道の整備なの。エレ達も協力ちゅる」

「ありがとうございます」

「ふみゅ、今日はおちょいから、エレエレちょうてん泊まるの」


 転移魔法で帰ればすぐなはずだけど、制限とかがあるのかもしれない。あの本にはそんな事書いてなかったけど。

 

 ぼくはエンジェリア達と一緒に、エレエレ商店へ帰った。


      **********


 翌朝、今日の初めのクエストはレンガ道。まずはレンガを作る。


 そのためには粘土が必要だ。でも、ここに粘土なんてあるんだろうか。なければ素材集めからしないといけない。


「あの、粘土ってありますか?」

「お高いの。今度お菓子ちゅくって」

「そのくらいでしたら」

「ふにゅ。いっぱいあげりゅの」


 あの本にも書いてあったし、星音もそうだった。甘いものが大好き。


 エンジェリアは嬉しそうに、粘土の入っていると思われる袋を「んっしょんっしょ」と引っ張っている。全然進んではいない。


「エレ、手伝ってやろうか?」


 今日はシェオンじゃない。ゼロだ。女装をしていない。


 ゼロは、一生懸命袋を引っ張るエンジェリアを楽しそうに見ている。

 エンジェリアは、負けず嫌いなところがあるとあの本に書いてあった。星音も、負けず嫌いなところはあった。


 エンジェリアは、ゼロに頼らないだろう。


「エンジェリア姫、ぼくにも運ばせてください」

「みゅ」


 手伝うと直接言えば断られる。星音の時にそれは学んだ。でも、言い方を少し変えるだけで、エンジェリアは手伝わせてくれる。


 ぼくも一緒に引っ張るけど、重たい。五歳児にはきつい。腕力強化をできれば運べるかもしれない。でも、ぼくはまだ覚えていないからできない。


「ゼロ、手伝ってあげなよ」

「……」

「ゼロ」

「エレが手伝ってって可愛く言えば手伝う」

「ゼロきらいになる」

「やるからそれだけは」


 ゼロはエンジェリアに嫌われたくない。でも、エンジェリアに優しくする事が少ない。


 あの本では、そんなゼロとかなり腹黒いフォルにエンジェリアは惚れていた。

 転生前の従者達と話していた時は、エンジェリアが二人に惚れる理由が分からないという話題で盛り上がっていた。エンジェリアは、性格が悪い相手が好きなんじゃないかとまで言っていた。さらには、エンジェリアは二人に洗脳されているのではと言っていた。


 でも、実際に見ているとそうではないように見える。楽しそうだ。


「ふみゅ、チェルド、よろちくなの」

「はい」


 エンジェリアの笑顔は、周りを癒す効果があると思う。そう思わせる、純粋な笑顔。


 あの本でも、エンジェリアは、こんな笑顔をチェリルドに見せていた。何度も。どれだけ邪険に扱われても。

 そういえば、あの本のチェリルドの最後。その時に、一言、エンジェリアの名前を呼んでいた。

 彼の心情は書かれていない。


 でも、何となく理解できる気がしてくる。こうして、エンジェリアといると。


 あの本のチェリルドは、エンジェリアといるところがほとんどだった。そこでは、まさに悪役という感じで書かれていた。


 でも、チェリルドの最後のシーンの少し前、チェリルドはエンジェリアが来たのをすぐに帰した。その後、窓を見て、ただ一言、彼女の名前を呼ぶ。それはまるで、エンジェリアを守っているかのようだ。


 どうして、今のぼくのようにしなかったかまでは分からない。でも、きっと、表面上は悪役貴族でも、裏では違ったのだろう。


 あの笑顔を見せてくれるエンジェリアを守りたい。たとえ、本人には嫌われようとも。そんな、儚く報われない想いがあったんだと思う。


 あの本の中のチェリルドにぼくは謝らないといけない。勝手に勘違いして、勝手に嫌って、勝手にこうはなりたくないと軽蔑していた。何も知らずに。


「また考え事ちてるの。レンガちゅくるの」

「そうですね」

「これどうするんだ?」


 全部、巨大な釜に入れている。魔法使いが魔法を使う時みたい。


「水を入れて混ぜます」

「力仕事なら任せろ。種族柄、得意なんだ」

「ありがとうございます」

「……礼なんていらねぇよ。あの時、もっと早くに気づいてやれてれば……」


 後悔。ぼくにはそれが何か分からない。でも、それは、間違いなくぼくに向けられていた。


 水を入れて混ぜるところを全てゼロ一人でやってくれた。


「この後どうするんだ?」

「二日間くらい寝かせるところですが、成長魔法を使えば、その工程は飛ばせると思います」

「そういうところは昔から、すぐ思いつくよな」

「昔?ゼロ様は以前ぼくと会っているんですか?」

「……前回だけは話して良いか。月華」


 月華は、転生前のぼくの友人。小学校から高校まで一緒だった。星音は三人兄がいて、その一人。


 そういえば、今まで忘れていたけど、星音が本の事以外何も喋らなくなったのは、高校卒業少し前くらいからだった。あの頃は、いつも、男子校ずるいと門の前でぼく達を待っていた。


 それを月華ともう二人の兄、蝶華と裏蝶と笑っていた。


「……エレ、智瑠の事をお友達と思っていたのに、エレ抜きにちていちゅみいちゅも。ちかも、エレももう大人なんだからおちとやかになれって言われて頑張ってたのに、全然ちゅたわらないの!ぷぃなの」


 嫌われてはいないのかも。とは思っていたけど、転生して、ようやく知れた。星音の無言の理由。かなりしょうもなくて可愛らしい理由だけど、知れて良かった。


「早く成長魔法かけるの」

「はい」


 ぼくは成長魔法を使って、寝かせる時間を短縮した。成長魔法は、こういう使い方ができる便利な魔法みたいだけど、扱いは難しい。やりすぎる可能性もあるから。植物の成長とか特に。


 この次は成形。ここは自分でやらないと。


「ちょうど長方形の型がある」

「フィル、それ何に使う予定だったの?」

「昨日徹夜で調べた」


 蝶華と裏蝶。二人は、フォルとフィル。それは、ゼロで気づいていたけど、どっちがどっちなのか。そこだけは分からなかった。


 蝶華は表面上は一番星音を甘やかしていた。ぼく達は、中学まで共学で、ぼくはその頃、家柄の事や成績の事で妬まれて、嫌がらせとかされていた。


 その時、蝶華が、笑顔で、聞いた瞬間周りが青ざめるような事を言って、嫌がらせをやめさせてくれた。


 裏蝶は、勉強熱心で、良くテスト前とかにみんなから頼られていた。その時、ぼくに嫌がらせをしていた相手だけに、絶対に理解できないような教え方をしていた。


 その記憶を頼りに考えると、蝶華がフォルで裏蝶がフィルだと思う。


 あの本と変わらないのに、みんな、ぼくが転生する前に出会っている。どうしてなんだろうか。それを知るのには、あの本の中のチェリルドを知る。それが必要だと、理由は分からないけどそう思う。


「ふみゅ、できないの」

「へたくそ」

「ゼロやれなの」

「はい」

「平らじゃないの」


 まずい。このまま考えていると、デコボコレンガが生まれる。


 フォルは、面白そうに二人を見ているだけ。フィルは、自分の作業に集中し切っている。

 ここはぼくが教えて、ちゃんとしたレンガを作らせないと。


「こうすればできるよ」


 ぼくは、前に作った時もこうしていた。長方形の型山盛りに粘土を乗せてから、ヘラで均等にする。フィルは、ヘラまで用意してくれていたから。


 ぼくが見せると、エンジェリアとゼロは、「ほぉー」と口を少し開けて、まじまじと見ていた。


 あの本の話よりも、エンジェリア達は、転生前の記憶の方が役立ちそう。転生前の月華は、器用でこういう事は得意そうだった。


 なんでできないんだろう。そう思って、ゼロの方を見てみると、ヘラがない。エンジェリアも。


「ごめん、忘れてた」

「お前、絶対わざとだろ」

「そんな事ないよ」

「ふみゅ。わちゅれる事は良くあるの」


 ぼくは、ゼロと同じ、わざとという方だと思う。フォルは、ずっと面白そうに見ていたから。


 エンジェリアは意外と器用というか、勘がすごい。すぐに慣れて、余分な分は取らない。ヘラで均等にすると、余りが少しも出ない。


 ずっと面白そうにエンジェリア達を見ていて、作業開始が遅れたフォルは、なぜか一番多く作っている。

 そういえば、転生前もやたらとこういうの早かった。それに、毎回、一番早くテストを終わらせての学年一位。


 天才って本当にいるんだ。


「ふみゅ、釜いっぱい終わったの」

「次は焼くんだったよな」

「はい。これも成長魔法で短縮します」

「炎魔法ならまかちぇるの。苦手だから、弱いの」


 苦手だから任せるという矛盾しているような言葉。でも、あの光魔法を見た後だと、何も言えない。


 というか、何か忘れてる。


「待って、先乾燥」

「……智瑠、じゃなくて、チェルド、めんどくちゃいから、成長魔法じゅっとちゅかって。かんちょうと焼くの両方ちゅぐおわらちゅから」

「湿度と温度の管理をして乾燥。それは任せろ」


 ぼくが成長魔法を使っていると、乾燥と焼くのをエンジェリアとフィルでやってくれた。


 これで立派なレンガの完成。


 レンガ道は、穴を掘らないとだから、スコップ的なものが欲しい。それに、砂と水も。


 砂は土魔法でどうにかできるかもしれない。それなら、土魔法で、土を掘る事もできるかも知れない。


 あとは水。ここは水がないから、誰かに魔法で頼むしかない。


 エンジェリアに任せると水没しそう。あの本では、ゼロは氷魔法が得意だと書いてあった。なら、水魔法も得意かもしれない。


「ゼロ様」

「様なんてつけなくて良い」

「ゼロ、水魔法使えますか?」

「ああ」


 これで、レンガ道造りもできそう。


 そういえば、何も考えずにレンガ作ったけど、サイズ大丈夫なんだろうか。


 とりあえず、外に出る。


 エンジェリアが疲れないようにというのが目的だ。エレエレ商店から道を造ろう。


「チェルド、穴はこの範囲で」

「はい」


 範囲の指定がフィルからあるという事は、そこまで調べてくれてあるという事だろう。いつも無愛想だけど、しっかりしていて、気が利いて、本当にありがたい。


 ぼくは、フィルの指示された範囲で土魔法を使う。

 土魔法で穴を作ると、エンジェリアが、悪戯する前の猫のような顔でレンガを持ってきた。


 そのレンガを適当に入れようとする。


「適当に並べると入らねぇだろ」

「みゅぅ」

「エンジェリア姫、ちゃんと入るように並べましょう」

「みゅ」


 エンジェリアは、教えたらその通りにやってくれた。みんなでやると、一人でやるよりも早い。


「領主様、手伝いますよ」

「ワシらも手伝います」


 領民達が集まってきた。心なしか、領主としての信用度が上がっている気がする。


「道はどうしますか?」

「えっと、地図で描いてみます」


 領民達、エンジェリア達、みんなが便利と思えるような道を、看板の地図に描いた。幅は、フィルが手伝ってくれた。


「これでお願いできますか?」

「はい。やってみます」


 こんなにいると、レンガがすぐに無くなりそう。


 領民達にレンガを敷き詰めてもらって、ぼくはレンガ作りの方をやろう。その方が効率的だと思う。


「あの、皆様にはレンガを敷き詰めてもらいたいです」

「姫みたいにですかね?」

「はい」

「ほうほう、これをこうすると……分かりました」

「よろしくお願いします。ぼくは、エレエレ商店でレンガの量産をしていますので、何かあればいつでもきてください」

「きてくだちゃいなの。レンガじゅくり頑張るの」


 みんなで一丸となって一つの事に取り込む。みんな、良い人で、助け合っている。


 あの本の中のチェリルドは、この光景を知らないんだろう。もし、知っていれば、頼っていれば、結末は変わったんだろうか。


 きっと変わったと思う。そう思いたい。


「チェルド、早く来るの」

「はい」

「あと、エレの事エレって呼ばないと、今度から無視するの」

「……エレ」

「みゅ」

「走ると転ぶので走らないでください」


 ぼくは真面目に心配してそう注意した。星音が、走ると必ず転んでいたから。走って転んで泣く。これがセットだった。


 それを聞いたゼロ達が笑っていた。

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