第1話 第3章 袖を引く者
しかし、亡くなった4人と僕の違いは何なんだろう。妃慈さんの声が普通に聞こえるようになったのには何か理由があるはずなのだが。
僕と妃慈さんは4人と僕との違いについて考えることにした。
「妃慈さんが自覚している、していないってのは関係ないかな。僕の時はどうにかしようと尾行したり、アクションを起こしたこと、それは関係ないのかな?」
僕は生徒会室にあった、普段はおそらく会議などに使われているであろう、ホワイトボードに妃慈さんの友人の名前と、それぞれの亡くなる原因となった事故の内容を書き出した。
確かにこう見ると、誰かが関わるような、事件性のあるものではない。
次に共通点を書き出す。所属していた部活動や、出身中学なども、妃慈さんが把握している限りの情報は書き出してみた。しかし、これといった共通点などはやはり見つからなかった。
だいたいの情報を書き終わって、3歩下がってホワイトボードの全体を見渡してみた。真ん中に妃慈さんの名前を書き、それを丸で囲んで線を伸ばして丸で囲み、その中に人物名を書く。線の上や名前を囲んだ丸の近くにキーワードや短い説明文なども細かく書き、相関図を完成させた。
その中には『鷺淵 傘音』、僕の名前も書いてある。キーワードは『土砂崩れ』、『雨』。
2つか、少ないな。
他の友人と比べて情報量がかなり少ない。これが正常に聞こえるようになった理由になるのだろうか。
「
僕は気付いたことをそのまま、妃慈さんに話してみた。
ジーっとホワイトボードを凝視していた視線を、表情をそのままに僕の方に向けた。
「2人目の友人は、1年生の終わり頃から話すようになったの。亡くなったのは1か月後だった。一緒に下校したりすることは何回かあったけど、学外で遊んだりなんかは他の子と違ってなかったから、そこまで親しかったとは言えないと思うの」
妃慈さんはゆっくりと首を横に振りながら答えた。これもハズレのようだ。
他は何かあるのだろうか。
「あとは、なんだろう。一緒に登下校したことがあるとかかな? 直接接点があるとか」
正直、もう思い付かない。人との相違点というものは沢山ありそうで、これが意外とないものだ。
ただ妃慈さんと4人の友人、僕と妃慈さんで違う点なんてのはそんな事くらいしかないと思う。
「私、鷺淵くんと登下校を一緒にしたことだったらあるわよ?」
意外な答えだった。いつだろう、たまたま一緒に歩いていたとかなんだろうか。普段は自転車通学だし、自転車が並走になることがあれば中々に印象には残ると思うが。
「先週はずっと鷺淵くんと登下校していたでしょ?」
……そうでした、僕は先週1週間、妃慈さんからストーキングもとい尾行をされていたのでした。あれも考えようによっては確かに『一緒に登下校』になるのか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ホワイトボードを書き終えて、ああでもない、こうでもないと会話を繰り広げ始めてから、早くも30分が経過していた。
僕は3つほど意見を出したくらいのところで思考の引き出しは無くなり、あとは妃慈さんが色々と相違点を挙げては『違うんじゃないかしら』と結論付けるのを眺めていた。
しかし、初めて妃慈さんと会った時は全く会話にならなかった。ノイズ音が人の話す言葉に重なって、全く聞き取ることが出来なくなるなんて経験したことのない出来事だった。
今日、妃慈さんが登校してきたときに落ち込んでいる風だったので、ひとまず生きていることを伝えるために挨拶をした。その時はまたノイズ音で返ってくるものとばかり思っていたが、返ってきたのはきちんと聞き取れる言葉だった。
意思疎通が図れるってのは中々に嬉しいものなんだなと思った。
「妃慈さんとこうしてきちんと話せるようになって良かったよ」
聞こえなくても構わない、独り言くらいの声の大きさでボソッと呟いた。
「それよ!」
途端、考え込んでいた妃慈さんは机に両手を付き、席から腰を上げていた。その目は大きく見開かれ、口元は少し笑みが零れて、閃いたことに対して嬉しさが感じ取れる表情をしていた。
「それ……っていうのは?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「私と鷺淵くんは今、こうして会話をしているじゃない!」
長机に両の手を着いて身を乗り出しながら、やや興奮気味に妃慈さんは言い放った。
「他の4人の私の友だちはみんな、事故に遭った後は当然だけど話すことは出来ないのよ」
それはそうだ。
なんせ、妃慈さんの友人は4人とも亡くなってしまっているのだから。惜しくも会話をすることできない。だから色々と僕との相違点を考えなきゃいけなくなったんだ。誰か1人でも、僕と同じ様に生き延びていてくれたら良かったのに……。
……ん、あ、あぁ!!
そうか、そうだ。僕は妃慈さんとこうして会話が出来ているんだ、それはなぜか。土砂崩れを生き残ったからだ。
妃慈さんの声にノイズが重なった人間は例外なく、命を落とすような事故に遭っているんだ。
水難事故、転落事故、倒木、そして僕の土砂崩れ。その中で唯一生き残っているのは僕だけ。だから僕だけが例外なんだ。
「僕は事故を生き延びた、生きている。それが妃慈さんの友だち4人との『違い』なんだ」
興奮気味の妃慈さんとは対照的に、僕は静かに、悟ったように、さっきの言葉と同じ様な声の大きさで独り言の様に呟いた。
「そう、それなのよ。当たり前すぎて気付かなかったけど、鷺淵くんは事故を生き残っているのよ。それがなければこうして『何が原因か』なんて話はできないのよ」
確信ではなかった、ただ今まで出した『仮説』の中では一番しっくりくるものだった。
「命に関わる事故を回避すると、その異常性がなくなる
確信めいたものを感じた僕は、思わずその言葉を口走っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「
先ほどまで興奮気味で、目を見開きながら僕と友人4人の相違点について力説する姿は消え、冷静に僕の発言を見定めようと凝視する視線があった。
怪異。
説明のつかない物事に充てる言葉。
今まで僕と妃慈さんは必死に、4人のご友人の事故と直前のノイズ音について、何かしらの繋がりがないものかと考えていた。
そこで僕が挟んだ『怪異』の言葉は、その議論の流れを断って切るには十分過ぎる一言だった。
「鷺淵くん、別に今回の魔訶不思議な一連の事件を『怪異』と
一見して『許す』と言っているように感じるが、僕に向けられるその視線は、発せられるその言葉とは裏腹に、今までの議論や、先ほどまでの発見に興奮気味喜びを見せる姿や表情とはかけ離れたものだった。冷たく達観しようとするような視線だ。
「ただ、友人が4人亡くなっているのを怪異なんていう『説明が付きません、お手上げです』みたいな言い方は頂けないわ。まだ悪霊が憑りついていると騙された方がマシよ? それとも鷺淵くんは私が直面しているこの問題について多少なりとも心当たりがあって、まだ何か隠している事があるんじゃないのかしら?」
鋭い。それは怪異というワードでもなく、何となくなんだろうが、僕が何かを知っている風な物言いをして、妃慈さんにはそれをまだ言っていなかった事に気付いての事なんだろう。
揶揄と言われたが、別に僕はからかうつもりは一切なかった。ただ、この一連の事件にどっぷりと妃慈さんを巻き込んで、後々面倒なことにならないか、それが不安になっている。
ただ、今の時点で妃慈さんが僕に向けている視線は『
何か知っているのか、ここまでの時間でいろいろと話したがまだ隠している情報があるのか、様々な疑惑を向けた視線を痛いくらいに僕は感じていた。
「何かを心当たりがありそうな言い方だったから気になったんだけど、鷺淵くんは私に取り憑いているものについて、他に知っていることは無いの?」
これはマズい。妃慈さんが僕を疑ってしまうと協力関係が崩れてしまう。
他の被害者が出る可能性もあるし、これを誤魔化す術を持っているほど、僕は賢くない。
観念してしまおう。結局は怪異に取り憑かれているんだ。
『無関係』とはいかない。であれば別に
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そでひき、出ておいで」
僕は妃慈さんの方に向けて、手の平を上向きにして差し出した。
差し出した手をジッと見つめる妃慈さん。
クイクイッ。
突然、妃慈さんの袖が後ろに少し引かれる。
目の前で妃慈さんは反射的に後ろを振り向くが、僕から見える妃慈さんの背後には誰もいない。
妃慈さんもそれを確認して、こちらに向き直りながら「今のは何」と、聞こうとしてきた言葉は電源を抜かれたラジオみたいに途中で切れてしまった。
江戸時代くらいだろうか、煌びやかでは無いが着物を着て、ニコニコした顔、時代劇に出てきそうな前髪だけ残した髪型で、頭のてっぺんにはちょんまげ髪を西洋風のリボンで結んでいる。
そして身長は10cmくらい、明らかに動物とかでは無い、人型だが二頭身と現実では有り得ない生き物が僕の手の平に乗って、ピシッと手を体の側面に付けて姿勢良く立っていた。
「鷺淵くん、これは……なに?」
驚きすぎると、人はパニックになるよりも逆に冷静でいられるのかも知れない。目の前に現れた
目を丸くしながら見つめる妃慈さんを、僕の手の平に乗った小さな生き物はニコニコと、線が引いてあるだけのように見える目で見返していた。
「そでひき、『袖引き小僧』っていうんだ、コイツ」
そでひきを乗せているのとは反対の手で、そでひきのちょんまげ髪を指先で繰り返し弄ると、そでひきは小さな手で抵抗してきた。
袖引き小僧、埼玉県辺りに伝承が残る妖怪。
夕暮れ時、帰宅を急ぐ者の袖がクイッと引かれる。その人が振り返るがそこには誰もいない。気を取り直して歩き出すと再びクイッと袖を引かれる。
というイタズラをする妖怪として伝わっている。
「それが、この子?」
僕の説明を聞き終わった妃慈さんは改めてそでひきを見つめる。妃慈さんは恐る恐るではあるが、そぉっと人差し指を近付けていく。
指と手でかなりサイズに差があるが、握手のつもりなんだろう。妃慈さんが近付けていた人差し指には、そでひきの小さな両手が添えられ小刻みに上下に動いていた。
結果として妃慈さんはそでひきを大変気に入ったようである。そでひきの見た目は見慣れるとかなり可愛い部類に入ると思う。それもあってか妃慈さんは初め僕がやっていたように、手の平にそでひきを乗せて、指先で
相手は怪異だと言うのに、やけに口元が緩んでいるように見える。
「じゃあ、一旦は『怪異』についてはご納得頂けたと言う事で、良いのかな……?」
「そうね、一旦はその仮説で進めましょうか」
撫でる手を止めて欲しい。
「それじゃ、その仮説を元に調べに行こうか」
「行く? どこへ?」
自分の首を傾げながら、撫でる指先でそでひきの首も同じ方向に少し傾け同じポーズを見せてくる。
なんでこんなに慣れるのが早いんだ。
「図書館だよ、調べ物と言ったら図書館でしょ?」
言うと同時に机に置かせて貰っていた自分の鞄を背負って「行こう」と顎をクイッと動かしジェスチャーをする。妃慈さんも鞄を肩に掛け、両手でそでひきを大事そうに抱えながら後ろを着いてきた。
歩いてる間の会話で「調べ物はスマホやパソコンじゃ無いの?」と色々言われた。
僕は「ネットには出回らない情報は、図書館に眠っているんだよ」と手をヒラヒラさせながら答え、道のりを少し急いだ。
ウィンと機械音をたてて、図書館の自動ドアが開く。中に入って本棚へと向かう途中の左手側にカウンターがあった。
「やぁ、じいさん。いつもの部屋見せて欲しいんだけど」
カウンターを少し通り過ぎた辺りで、僕は腰から上を少し捻ってカウンターの方に向けた。
カウンターの椅子には白髪に豊かに白い髭を蓄えた温和そうなお爺さんが座っている。
「傘音くんか、いいよ、入っていきなさい」
お爺さんは立ち上がること無く、そのまま右手を挙げて挨拶を返してきた。
妃慈さんを連れてそのまま図書館の奥、階段を昇り3階、階段から更に奥へと進み、『関係者以外立ち入り禁止』と札の掛けてある部屋のドアへ、ノブを捻って入室した。
その部屋には、部屋の外と同じ様に本棚がいくつも置いてあり、どれも古い本が収められていた。
「ここは一般に閲覧許可されていない蔵書の保管室で、古い資料とかが置いてあるんだ」
僕は部屋をそのまま進んでいき『妖怪・民間伝承』と書かれた本棚の前にやってきた。
「ここなら妖怪や都市伝説、伝承なんかの資料には事欠かない、じゃあ探していこうか」
妃慈さんにそう言いながら僕は鞄を近くの机に置いて、本棚から妖怪関係の本を1冊手に取った。
僕を真似するように妃慈さんも伝承関係の本を手に取り、読み始める。
事故、声、ノイズ。
今回の怪異について関係のありそうなワードを片っ端から調べる。関係しそうな内容を見付けると、自前のノートに本のタイトル、ページ数、簡単な内容をメモする。
それが終わったらページをめくって次の関係しそうな内容をひたすら探す。その繰り返しだった。
さっきまで生徒会室で話していたのもあり、その日は僕が2冊調べ終わったタイミングで18時を時計が回っていた。
あまり夜遅くまで女子生徒を連れ回すものではない。妃慈さんにも「そろそろお終いにしようか」と声を掛けると、妃慈さんの隣には調べ終わったであろう本が5冊積まれていた。
どことなく敗北感を味わいながら、図書館の前へ。
「司書のじいさんには妃慈さんの事話しておいたから、明日来たらそのままあの部屋に行って大丈夫」
それじゃあ、と挨拶をしてお互いの帰路に着く。この日の成果は特になしだった。
次の日、学校が終わると僕はまっすぐ図書館に向かった。
妃慈さんも、僕が図書館に着いた30分後には図書館に来た。
昨日手を一切つけなかった分と、今日の分の生徒会の仕事があるので少し遅れると言ってたはずだが、思ったよりも早かった。
昨日も思ったが、妃慈さんって尾行以外に苦手なことなんて無いんじゃないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます