第1話 第2章 ラピスラズリとオニキス

『先週、金曜日の大雨で土砂崩れが発生した市道1号線は、現在も車両および歩行者とも全面通行止めとなっています。ご利用の方は迂回をし、近隣の方は十分注意するようお願いします。 続いてのニュースは……』


 土日を挟んだ3日後でも、私の目の前で起こった土砂崩れはニュースで取り上げられていた。

 誰しも憂鬱になる月曜日、私は今まで憂鬱な気分になった経験はないが、今日ばかりは少し学校に向かう足取りは重かった。

 目の前で同級生が亡くなった。親しかった訳ではないが、ここ数日で二度ほど挨拶と言葉を交わした相手だった。


 何かしらの事故に遭うことは分かっていたのだから、知らせたり、助けたりすることは出来なかったのか。

 「はぁ……・」

 そんな事を考えると、口からは今日何度目になるのか分からない溜息が出た。


 いつもより早く家を出たはずなのに、教室に着いたのはいつも通りの時間だった。

 自分の机に鞄を置いて席に着く。

「よぉ、おはよ」

 後ろから男子生徒に挨拶された。

「おはようございます」

 できる限りの笑顔を作って振り返りながら挨拶をする。


「え……?」

 そこには鷺淵くんがいた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「よぉ、おはよ」

 教室に着いたばかりの妃慈さんへ僕は挨拶をした。


「鷺淵くん……?」

 僕の名前を口に出した妃慈さんの声に、ノイズ音は重なっていなかった。初めて普通に会話が出来る目の前の彼女は、まるで『死んだはずの人間』を見たかのように目を丸くしていた。


「大丈夫? まぁ、とりあえず放課後になったら話そうか」

 今の妃慈さんには何を言っても、言葉が右から左に流れていきそうだった。放課後まで時間を置いて、順を追って話すことにしよう。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 その日の放課後、僕と妃慈さんは生徒会室にいた。

 他の生徒会役員の人たちは、妃慈さんが気を利かせて別の仕事か何かをお願いしたようだ。有り難い。


 僕と妃慈さんは生徒会室中央に置かれた、学習机を2×3の配置、合計6個で作られた擬似的な長机の、それぞれの座る位置が一番遠くなるように、向かい合って座った。

「えぇと、とりあえず……何から話そうか?」

 僕は沈黙に耐えられなかったのか、適当に切り出してみた。僕の問いかけに直ぐに応えることなく、妃慈さんは僕のことをジッと見据えていた。


「私からの質問で良い……?」

 先ほどの質問から数分、やっとこさ絞り出された妃慈さんの返答は質問返しだった。妃慈さんが警戒してしまっていると会話が進まないので、僕は交互に質問し、それに対してきちんと応えると言う方法を提案した。


「じゃあ、さっきの質問の答えからね、『お先にどうぞ』」

 ここから質問合戦が始まる。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 問.1 妃慈さん 「土砂崩れには巻き込まれなかったの?」

 A.『しっかりと巻き込まれてたよ』


 問.2 僕 「先週は、どうして僕を尾行してたの?」

「え、バレてたの!?」

 あ、やっぱりバレていないと思ってたんだ。

「ごめん、気付いてた。鞄とか結構見えてたし、なんなら妃慈さん自体丸見えの時もあったし」

 傷付かないでくれ、自尊心! そう願いながらバレバレだった尾行について妃慈さんに告げた。

 

 「そうだったの、そう」

 どことなくしょんぼりしちゃってるな。 妃慈さん、ごめん。

 

「まぁ、良いわ。 次の質問、どうやって助かったの?」

「それは、おいおい説明するよ 話すと長いんだ」

 これは本当に話すと長いので割愛。

 これ、妃慈さんは許してくれているが、僕ほとんど質問に答えていないな、ズルしてるみたいで気が引ける……。


 次の質問は僕だ。

「で、結局どうして尾行をしてたの?」

「あぁ、まだ答えてなかったわね、ごめんなさい。難しいけど、何か出来ないかって考えてたら、自然と後ろをつけちゃってたの」

 これと言った理由はなかったみたいだ。

 何かできないかってのは、あの土砂崩れについてだろうか。


「次は私ね、そういえば鷺淵くん、私の声は普通に聞こえるようになったの?」

「朝、教室で挨拶した時は普通に聞こえたし、今も問題なく聞こえてるな」

 今朝、学校に着いた時点でノイズ音が重なって聞こえる事は一度もなかった。

「じゃあ、次は僕から。 妃慈さんはあの日、土砂崩れが起きることを知っていたの?」

 少し真面目な話になるので声のトーンが少し落ちたように自分でも感じた。


「いいえ、あの日あの場所で土砂崩れが起きることは知らなかったわ」

 妃慈さんはジッとこちらを見て答えてくれた。

「ただ、鷺淵くんが近い内、何かの事故に遭うことは知っていたの」

 妃慈さんは続けて答えてくれた。質問合戦開始から30分くらい経ったが、ようやく本題だな。


 僕は少し腰を持ち上げて座る位置を微調整し、妃慈さんの方に向き直した。

「知っていたってのは、何かあるってこと?」

 漠然と聞いてみると、妃慈さんはそこから話し始めてくれた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 半年ほど前から先週に掛けての出来事。

 私と仲の良かった友人が亡くなった、しかも4人。

 1人目は河川の水難事故で、雨などで増水していたなどは無かったが、家族と過ごす旅行中の事故だったらしい。

 2人目と3人目はどちらも転落事故。1人は階段の最上段から足を滑らせてしまい、もう1人は商業ビルの屋上階からの落下。事故防止用のフェンスが錆びていたらしい。

 そして、最後の4人目。この友人は私の目の前でだった。一緒に下校している途中、普通に話していたはずなのに、一瞬で姿が消えた。気付くと彼女は大きな木の下敷きになっており、私の足下には木で潰された彼女の血飛沫が飛んで地面を真っ赤に染めていた。


「妃慈さん、今の話を聞く限りは確かに立て続けに不幸が重なっているように思うけど、どれも人が関わっているようなものじゃ無くて、全部事故のように聞こえるんだけど……?」

 鷺淵くんは、私が話し終えたタイミングで質問してくれた。


「そう、普通なら4人連続の不運な事故になるの。 だけど、その4人ね、直前に私と会ってるのよ」

 そう、私は4人が亡くなる直前に直接会っている。そこで4人から同じ事を告げられた。


『妃慈が喋る時、ノイズが掛かったように聞こえる』

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 生徒会室で妃慈さんと話し始めて早2時間、ここまでの話をまとめるとこうなる。


 ・妃慈さんの友人が4人、立て続けに亡くなった。

 ・どれも事故で、誰かが原因の事故とかでは無い。

 ・もちろん誰かに殺されたとかでもない。

 ・亡くなる直前、妃慈さんは全員と会っている。

 ・その際、『声にノイズが掛かったように聞こえる』と言われた。


 こんな感じだ。それで『ノイズ掛かった声』を指摘した5人目の人間が僕だったと言う事らしい。ここまで偶然が重なると事件性がなくとも、何か超常のものを疑いたくなる気持ちも分かる。


「事件性がないので警察に相談も出来なかったの」

 俯きながら話す妃慈さんからは罪悪感とか申し訳なさが伝わってくる。

 「でも何とかしないといけないって思って、それで鷺淵くんの事を尾行してみたんだけど、結局何も出来なかったの」

 こちらをパッと見るが、危険な目に遭わせたのは変わらないという点からか、やはり申し訳なさそうに少し俯いてしまった。


「そうだな、助けを呼ぶくらいの事はして欲しかったかな」

 少し冗談めかして妃慈さんに向かって言ってみる。僕としては笑ったり元気になって欲しかったのだが。

「そうよね……」と微かに聞こえるかなくらいの声で呟くと、先ほどよりも深く俯いてしまった。

 しまった、逆効果だった。要らない一言だった。生徒会室の中を気まずい静寂が浸食していった。

 この空気をどうしたものか考えると少しだけ間が空いてしまった。頭をポリポリとかいてから、スゥと息を吸ってから。

「亡くなった4人の友だちは、『ノイズ』以外に何か言っていなかったかい?」

 話の続きをすることに逃げた。


 「言われた事は、そうね、えぇと……」

 妃慈さんは僕の問いに答えようと、顎に右手を当てて考える。なんとも知的な動作だこと。

 

「そうね、『ノイズ音が重なって聞こえる』と言われた以外だと、『聞き取りにくい』とか『雑音』とか在り来たりな事しか言われなかったと思うけど……」

 心当たりはなさそうだな。どうやら妃慈さん本人には異常が現れないらしい。異常が現れるのは周りの人間だけ。

 であれば、異常が現れた周りの人間――その人に話を聞いて回りたいところだが、異常が起こった人間は数日の内に亡くなってしまう。

 これは僕が例外だと考えたほうが良いな。

 現時点で妃慈さんの声にノイズが重ならずに聞こえているのは何故だろうか。

「私ね、何かが憑りついているんじゃないかと思っているの」

 唐突に言われた一言に、僕は少し固まってしまった。

「そ、それは、幽霊的なってこと……?」

 ビックリした、ビックリして一言目がつっかえてしまった。急に話が斜めの方向に行ったな。

「そう、幽霊。私に何か悪いものが憑りついてて、それが周りの友人に悪さをしているんじゃないかなって」

 えらく真剣な表情で力説してくる妃慈さんを前に、僕はうんうんと頷きながら聞くことしかできなかった。

「私ね、お祓いとかも行ったの。これとこれはお守りで、これは厄除けになるストラップ、それでこれが厄除け祈願された数珠なの」

 さらに真剣な顔で力説してくる妃慈さん。その手には『開運』と『厄除け』とそれぞれ刺繍してあるお守りが1つずつ。この『開運』の方は違うんじゃないだろうか。

 

 厄除けストラップと言って見せてきたのは破魔矢を模した小さい矢と鈴がついたアクセサリだった。

 そして最後、自慢げに差し出した左腕には、群青色だが所々金色に輝く箇所がある玉と、漆黒で光沢のある玉、2種類の玉があしらわれた数珠だった。なんか竜とかも彫ってある、高そうだ。

 「妃慈さん、これいくらしたの?」

 僕は数珠をジッと見ながら尋ねた。

「お守りとストラップは千五百円くらいかな、そこまで高くなかったよ。 数珠は一番効果あるやつにしたから一万七千円くらいだったかな」

 妃慈さん、それはラピスラズリとオニキスってパワーストーンだよ、そんで高いよ……。

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