お母ちゃん、スフィンクス拾たで

雨宮雨彦

お母ちゃん、スフィンクス拾たで


 深夜の一人ぼっちの塾帰り、ひとけのない暗がりから突然スフィンクスが飛び出してきて、僕はとても驚いた。

 スフィンクスとは、エジプトのピラミッドのそばに巨大な石像が作られているあの怪物で、ライオンの背中にワシの翼を乗せ、でも頭だけは人間の若い娘で、青い瞳がきらきら光っていた。

 僕は走って逃げようとしたがスフィンクスはすばやく、簡単に追いつかれてしまった。

 そして伝説の通り、スフィンクスは口を開いたのだ。

「今からお前にクイズを出す。正解できなければ、お前を食い殺すぞ」

 もちろん僕は言い返した。

「正解したら何をくれるんだい?」

 スフィンクスは目を丸くした。

「なんだと?」

「僕が正解したら何をくれるのさ?」

「いやつまり、クイズに正解したら、お前は殺さない。お前は命が助かるのだ」

「そんなのフェアじゃないよ。正解できたら、あんたは僕の家来になるんだ」

「なんだと?」

 スフィンクスはあきれた顔をしたが、それでも最後には首を縦に振った。

「まあよい。そんなことがあるはずもないが、正解すれば、私はお前の家来になろう」

「ほいきた」

「これが私のクイズだ。朝は4本足。昼は2本足。夜は3本足なのは何か?」

「うーん…」

 数秒間、思考した後、僕は答えた。

「僕の家には『チャブ台』があってね。チャブ台って知ってる?」

「知っている。片付ける時に邪魔にならないよう、4本の足が折りたたみ式になっている小さなテーブルのことだな」

「そうそう。両親はどちらも朝早く出勤するし、お姉ちゃんも朝が早いから、朝食は僕一人でゆっくり食べる。狭い部屋だけど、僕一人だけなら、チャブ台の足を4本とも伸ばしてゆったり使える」

「それがどうした?」

「土曜日、僕とお姉ちゃんは昼前に学校から帰るけど、仕事の関係で、お父さんとお母さんも土曜日には家で昼食を食べるんだ」

「それで?」

「だから部屋の中はものすごく狭くて、チャブ台の足は2本しか伸ばせない。残りの2本は折りたたんだまま、押入れの中に半分入れて、なんとか場所を確保するんだ」

「なんだと?」

「夜になると、お父さんはまた仕事に出かける。だから家の中は少し広く、夕食はチャブ台の足を3本伸ばすことができる…。つまりクイズの答えは、『僕の家の土曜日のチャブ台』だよ」

「おおお…」

 突然大きな声を出してスフィンクスが泣くので、僕は驚いた。

 大粒の涙を流し、くやしがっている。ハンカチを出し、僕は涙をふいてやった。

「ありがとう」

 とスフィンクスは言い、

「私が負けたのだから、言うことをききましょう。あなたの家来になりましょう」

 顔を上げて見つめるスフィンクスの表情は本当に愛らしく、僕は少しの間、見とれた。

「お母ちゃん、スフィンクス拾ろたで」

 と僕が帰宅すると、

「また変なものを持って帰って。食費がかかるものはダメよ」

 と母はオカンムリになりかけたが、神獣は食事をしないと分かって、一件落着した。

 仕事から帰ってきた父もスフィンクスを見て、

「わあ、これは美人さんだ」

 と鼻の下を長くしかけたが、母からジロリとにらまれて、あわててよそ見をした。

 小さなアパートの一室だけれど、その日以来『スフィンクスを飼っている家』ということで、近所でもおかしな具合に有名になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お母ちゃん、スフィンクス拾たで 雨宮雨彦 @rain

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ