絶対悪役令嬢 〜名悪役の教えを胸に、この社交界を燃やし尽くす〜

@takesoon

もっと美しい悪を夢見て

 美しく装飾された古い城館の大広間には、多くの人々が困惑の表情を浮かべていた。


 彼らは、各地から集められた貴族の落ちこぼれ、社交界に居場所のなくなった者たちだ。


 領地運営に失敗し家の面目を失った者、剣の才がなく武の道に進めなかった者、見た目が醜いために政略結婚にも利用されず修道院に送られる予定の令嬢、家柄のスキャンダルにより信用を失った者——それぞれが、社交界での居場所を失った者たちである。


 彼らは皆、この物語の主人公である、ヴィオレッタ・ノワールからの招待状を受け取り、ここに集められた。


 部屋の中央に立つヴィオレッタは、豪華な黒と紫のドレスに身を包み、堂々とした態度でその場を支配している。赤い宝石が埋め込まれた杖を軽く床に叩くと、全員の視線が彼女に集まった。


「皆様、よくお集まりくださいましたわ。」


 彼女の声は大広間に響き渡る。静寂が訪れた。


「ここにいる貴方たちは、きっとわたくしと似たような経験をしているのでしょうね。理不尽に貶められ、正義という名のもとに排除され、貴族社会の底辺に押し込められた。社交界における『正しさ』とは、実に醜く、無粋なものですわ。」


 皆、困惑しながら疑念の目で彼女を見ている。


「しかし、悪役ヴィランの持つ真の役割をご存知ですか?それはただ憎まれることではありません。美しさと優雅さをもって、秩序を覆し、新たな価値を創造すること。それこそが真の悪役の道です。」


 ヴィオレッタは杖を振り上げると、背後に掲げられた大きな紋章が現れる。それは「ヴィランアカデミー」の紋章だ。黒い薔薇が炎に包まれながら咲いているように見えるデザインだ。


「ここ、『ヴィランアカデミー』はそのための場所です。貴族社会に真の美を取り戻し、私たちの価値を示すための学び舎。ここでは、貴族のしきたり、戦略的な言葉の選び方、そして『悪役としての美しさ』を磨く術を教えます。」


「おい、ふざけているのか?」


 中年の貴族が一歩前に出た。その男は眉間に皺を寄せ、ヴィオレッタを睨みつけている。


「社交界の笑い者が何を企んでいる?悪役などと言って、結局は自分が目立ちたいだけではないのか!」


 ヴィオレッタはその男に目をやり、優雅な、それでいて傲慢な笑みを浮かべた。


(笑い者... フフフ... まるでのことみたいで素敵)




 前世の彼女は、婚約者と恋仲にあった令嬢に嫌がらせを重ねたことで社交界から追放され、辺境の地に飛ばされた。そして、そこでは自らの愚かさにより使用人たちからの恨みを買い、結局は命を落としたのだった。あの冷たい感触、胸を刺された瞬間の痛みと恐怖は、今でも鮮明に残っている。


 しかし、その死がすべての終わりではなかった。


 目を覚ました時、彼女は別世界に転生していた。前世の記憶を持ちながら、新しい世界での生活を始めた彼女は、以前の世界では知り得なかったことを知った。


 一つ目は、彼女が元いた世界はゲームの中の世界だったこと。


 二つ目は、この世界の創作物の中にはたくさんの素晴らしい「悪役」たちがいることだった。


 映画、小説、漫画、ゲームに描かれる彼らの悪行には、彼女がかつて行った嫌がらせとは全く異なる、華麗で美しい悪の哲学があった。埃を払うくらい些細なことのように大きな悪事を働き、弱きものたちをそのカリスマ性で従え、自身の美学や情熱に突き動かされ、世間の常識や正義など意に介さず自由奔放に行動する。そんな彼らに心を奪われてしまった。


 が自らの悪徳に目覚め、階段で華麗に踊るシーンには胸を打たれ、涙がこぼれた。


「私のしていた悪事は、なんと矮小で、地味で、美しくないものだったのかしら!」


 彼女はそう思わざるを得なかった。そして、悪役たちの持つ「悪徳の美しさ」に強く魅了され、自らもそのような存在になりたいと決意したのだ。


 その後、突然の事故により再び命を落とした彼女は、なんと元の世界に戻ってきた。これは運命だと感じた。そして、今度こそ「美しい悪役」として生きることを決めたのだ。




 ヴィオレッタはその男に微笑みかけ、ゆっくりと歩み寄る。


「なるほど、貴方は『笑い者』という言葉をお使いになりましたか。でも、それは私にとって誇らしい称号ですわ。なぜなら、私こそがこの退屈な社交界に風穴を開ける存在だからです。」


 彼女は男の目の前で立ち止まり、冷たくも輝く情熱をその瞳に宿して続ける。


「私が敬意を抱くのは、権力と地位を振りかざし他者を排除する狭量な社交界ではありません。本当に尊いのは、多様な価値を認め、自由に美を追求できる場です。貴方たちが信じている『正しさ』など、強者が都合良く作り上げた虚構に過ぎませんわ。だからこそ、私はその偽善を打ち破り、ここに集まった皆と共に新たな秩序を築くつもりです。それが私の『悪役』としての役割であり、この場所に集まった皆のための使命でもあります。」


 彼女の声は低く、しかし確固たる威厳を持って響き渡った。その言葉一つ一つが大広間にいる者たちの胸に突き刺さり、まるで彼女の意志が空気そのものに染み込んでいくかのようだった。


「私のやり方が気に入らないのであれば、どうぞここから立ち去りなさい!しかし、ここにいる皆様——あなた方はどうですか?この偽善に満ちた社交界を打ち壊し、新たな秩序を築くために、私と共に立ち上がる覚悟はありますか!?」


 ヴィオレッタは大きく靴を鳴らして聴衆の方を向き、ひとりひとりを鋭い眼光で見渡した。


「力無き者は去りなさい。だが、勇気ある者、強き意志を持つ者たちは、私のもとに集い、新たな未来を共に創りましょう!私たちはただの落ちこぼれではない!今こそ立ち上がり、私たちの美と誇りをこの世界に示す時です!」


 ヴィオレッタの問いかけに、大広間は静寂から一変し、激しい歓声と喝采が巻き起こった。彼女の言葉に鼓舞され、参加者たちは次々と声を上げ、熱気が渦巻く中、男はその場の圧倒的なエネルギーに怖気づき、何も言えずに退場した。


 広間に響き渡る拍手の中、ヴィオレッタの胸の内では高笑いがこだましていた——それは、この世界を支配する者としての絶対的な自信に満ちていた。


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