蘇った記憶と対価⑯
恐怖のあまり気を失ったのか、犯人の男に殴られ気を失ったのか記憶にないが、目を覚ました時には薄暗い船の中で拘束されていた。
何日も何日も船に揺られ、どれほどの日数が経ったのかさえ分からなかったが、再び陸地に降り立ったのは、外国の海沿いの田舎町に捨てられたという記憶。
何故殺されなかったのか。何故海外に連れて来られたのか、分からない。
それでも命があるならば……と、何日も何日も歩き続けてスラム街のようなところに辿り着き、数年そこで暮らした。
見た目が外国人ということもあって、どこかに売ろうとしたのか。男3人組に拉致され、人身売買のブローカーのような人の家に連れて行かれたこともある。
その家には自分と同じような孤児が何人もいて、売られていく子がいれば、連れて来られる子もいて、女の子は娼婦として働かされる子も少なくなかった。
そんな現実から逃れたくて、私は監視の目を盗んで深夜に逃げ出した。
行く当てもなく何日も彷徨っている時、懐かしい日本語を耳にして死ぬほど嬉しかった。
当時ショックのあまり、両親の記憶や声を失っていたから説明しようにもうまく話せなくて。観光客と思われるその男性に縋りつくことしか出来なかった。
その人物こそ、今の事務所の社長 菅野恵介である。
観光で来ていた菅野は私をNPO法人の団体に預け、その後何度も何度も日本と当時私がいたベトナムを行き来してくれた。
名前も思い出せなく、勿論パスポートや身分証明書などもない。
孤児として一から戸籍を作り、入国後に一旦施設に入って……。
その後、法に則って自身の戸籍に養女として迎え入れてくれた。
声は出なかったが、日本の文字が書けたのが決めてだったのだ。
きっと事件に巻き込まれたのだろうと、あちこちの病院で検査やカウンセリングを受けた。
記憶を取り戻すことが出来なくても、ずっとそばで見守ってくれた養父。
結婚後数年で妻を亡くした彼は、再婚することなく今も独身を貫いている。
それは、私の過去を公にしないためでもあるのだろう。
彼の人生を犠牲にさせてしまった対価として、仕事での最良のパートナーとして努力してきた。
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