蘇った記憶と対価⑨

 床に座り、ストレッチをする。少し体が温まったところでヨガのポーズをする。静かに深呼吸して精神を落ち着かせ、吐き気を何とかやり過ごす。


 その後も撮影は続き、最終的には中ジョッキ10杯分相当を飲酒した湊。


「最後に手にしてるカットを幾つか撮って終わりにしましょうか」


 はぁ……。とうに限界を突破している。意識が朦朧としているのが自分でも分かる。

 あと少し。何カットか撮ったら終わるのだから、あと少しだけの辛抱よ。

 必死に自分に言い聞かせ、気遣うスタッフに笑顔を振りまく。

 視界が徐々に揺れて正常な判断がつかない感じだが、撮影中は監督からのカットがかかるまで女優スイッチが入るため、酔いが顔にでないのが湊の凄いところだ。


「みーな、大丈夫?」

「ん、平気よ。あと少しだけだから」


 担当のメイクさんに化粧をを直されながら、山ちゃんが心配そうに覗き込む。


「それじゃあ、最後のカット入りまーす」

「頑張って、みーな」

「ん」


 商品のラベルが見えるように缶ビールを手にして、太陽の光が燦燦と降り注ぐ屋外で、眩しそうに額に手を当てる。

 ピクニックやキャンピング、庭でバーベキューを手軽に楽しむために、スッキリ爽快感のある生ビールというのがこの商品のコンセプト。


 だから、こうして太陽の下で爽快にビールを飲む。これでもかというほどの笑顔で……。

 湊をぐるりと囲むように大型カメラが動き、180度の角度で飲んでいる姿を撮影する。


「カ――――ット!!お疲れさ~ん!」


 監督によるカットの声がかかり、4時間にも及ぶ撮影が漸く終わった。

 湊は暫しその場に立ち尽くした。


 もう動けない。クラクラと視界が歪むだけでなく、体中が悲鳴を上げている。

 日光を浴び過ぎたこともあって体が熱いのもあるけれど、それ以上に無理やり水分を大量に摂ったせいで体が重くて。

 ノースリーブのマキシ丈のワンピースの裾が風に靡く。その風に身を委ねるように湊はゆっくりと瞼を閉じた。

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