蘇った記憶と対価⑥

「そ、そろそろ、帰らないとっ」


 急に立ち上がった彼女から、ふわっと薔薇の香りが鼻腔を擽る。


「マネージャーが迎えに来るの?」

「連絡すれば」

「じゃあ、送ってく」

「いいんですか?」

「ん、勿論」

「ありがとうございます」


 俺の言葉に安心したのか、彼女はまた屈託ない笑顔を見せる。


「自宅マンションの周りにパパラッチがいるかもしれないので、着替えてもいいですか?」

「勿論。……鏡使うよね?ついて来て」


 既に21時半過ぎ。

 夜だからバッチリメイクじゃなくても平気だろうが、女優という職業柄、身だしなみは必須だと思って。


「鍵閉めていいからね」

「べ、別に見られても平気ですよ」


 洗面室の照明をつけ、タオルを棚から取り出し、鏡越しの彼女に視線を向ける。強がる素振りがちょっと新鮮に思えた。


「俺も着替えて来るから」

「あ、はい」

「ごゆっくりどうぞ~」


 変に緊張させてしまったことをほんの少し後悔しつつ、俺は寝室へと向かった。


***


「お待たせしました」

「じゃあ、行こうか」


 再び目の前に現れた彼女は、ブラウンカラーの長い髪をしていて、さっきまでのイメージとガラッと変わった。


 薄いクリーム色のブラウスに黒地に白のドット柄のシフォンのスカートを合わせている。やっぱりドット柄(水玉)なんだ。

 つい数分前まではアメリカンドールのような愛らしさがあったのに、今目の前にいる彼女は上品な令嬢のようないで立ち。


「これ、ウィッグなの?」


 無意識に彼女の髪に手が触れていた。


「はい」

「女性の恐ろしさが今知った気がする」

「フフッ」


 彼女は得意げに微笑んだ。

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