蘇った記憶と対価⑤

「うわぁ~なんか生の声聞くとぞくっとしますね」

「え?」

「現役検事の声ですよ。……とある事件の被害者をって」

「フッ」


 さっきまで泣きそうな顔をしていた彼女が、瞳を輝かせて俺を見る。

 あまりにも無防備すぎるその表情に、ついつい構いたくなる。


 横並びでソファに座る二人。

 手を伸ばせばすぐに届くその距離に、警戒心を植え付けたくなる。


 彼女の背もたれ部分に手をつき、ぐっと近づき体を寄せる。

 ミネラルウォーターのボトルに口を付けた彼女がぴたりと止まった。


「そういうセリフはこんな時間にしちゃダメだよ」


 彼女の耳元にそっと囁くと、彼女は物凄い勢いで振り向いた。


 約3センチ。彼女の鼻と俺の鼻がつく距離。


 彼女が顔を横に向けたことで今にも肌が触れそうな距離に、さすがの俺もドキッとしてしまった。


 くりっとした大きな瞳が更に大きく見開いて、完全に動揺してるのが見て取れる。


「キス、……して欲しいの?」


 さすがの俺もこのシチュエーションにのまれそう。とはいえ、確かに美人だし可愛い一面もあるけど、別に好きという感情があるわけじゃない。


 押し倒してどうこうしようとか思いもしない。ただ、何て言うか。

 お互いに知られたくない一面を見聞きしてしまった仲というか。

 秘密の共有といえば語弊があるが、とにかく特別な関係なのは確かだ。


 頬を赤く染めた彼女。ネットで飛び交うような『男を手玉に取る』ような人にはとても見えない。

 どちらかといえば、小悪魔な一面を持った乙女のような……。見れば見るほど不思議な人だ。

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