偶然は突然に⑧
視線を合わせるだけでも吐き気を催すほど気持ち悪くて、一目散にドアへと駆け出す。
ドアに手を掛けた、その時。背後から羽交い絞めにされた。
アクションシーンに役立つというので多少は格闘技を習ったが、いざという時はそんなこと役に立たないと、この時初めて知った。
「ちょっと……止めて下さいっ!……巽さんっ」
引き摺られるように力技で無理やり部屋へと戻されつつも、必死に抵抗して抗う。
自分の身に起きている事実に恐怖を覚え、ありったけの力を出して抗っているのに、男と女の力の差が歴然。体がどんどんと部屋の中へと引き摺り込まれる。
「随分と酔われているようなので、休まれた方が宜しいのではッ?」
「お前も一緒にな」
情欲を孕んだ笑みは恐怖でしかない。ゾクッと全身が粟立つ。一瞬怯んだその時、床に倒され、頭と肩に強い衝撃を受けた。
意識が朦朧としながらも、手にしているクラッチバッグで男の顔めがけて何度も振る。男から逃れようと必死に抵抗を試みるも、両手首を鷲掴みされ、1つに束ねるように拘束された。
そして、否応なしで男の唇が重なった。
この時、女優をして来てよかったと、心の底から思えた。だって、無理やりキスされるシーンなんて、腐るほどして来たもの。今のこれもそれだと思えば、どうってことない、そう自分自身に言い聞かせて。
キスで気をよくしたのか、一瞬拘束する腕の力が弱まったその時、男の急所を思いっきり膝で蹴り上げた。
「う゛ぅっっ……このっ……クソ
覆いかぶさっていた男が呻きながら、どたっと床に転がった。唸っている様子からして、見事にヒットしたようだ。
恐怖のあまり感覚がおぼつかない足取りで立ち上がり、手の甲で男の唾液を拭いながら、素早くクラッチバッグを拾い上げ、無我夢中で部屋を飛び出した。
震え出す足。全身の血の気が去っているようで、頭がクラクラする。エレベーターの場所すら思い出せない。
無我夢中で廊下を突き進んで、やっとの思いでエレベーター乗り場に辿り着いた。
【▽】のボタンを連打する。こういう時に限って何ですぐ来ないのよっ!
降りた階数が25階だったはず。震える足では、階段で降りれる状態じゃない。
火災報知機でも押した方がマシかも……脳裏にそんな思考が働いた、その時。
ピンポーンと到着を知らせる音が鳴り、エレベーターのドアがゆっくりと開いた。
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