偶然は突然に③

 携帯のカメラ機能で彼女を何枚も撮影し、なおも罵声を浴びせる男の様子もしっかりと録画する。


「お取込み中のところ申し訳ありませんが、そろそろ乗るのか乗らないのか決めて貰えますか?」


 素知らぬふりをして顔をひょこっと出し、ドアの前にいる二人に声をかける。


「誰だ、お前。部外者は黙ってろっ」

「あぁ、確かに」


 初対面の相手に『お前』呼ばわりされた。

 検事という職業柄、平常心を装い、澄ました顔を標準装備しているが、正直なところ、内心イラっとしているのは当たり前。こっちはちゃんと敬語使ってるだろうが。


「今帰ったらどうなるか分かってんのか?今後一切出れなくなるぞ?」

「上~等ぉっ!こっちから願い下げだってのッ!」

「っんだとッ!クソ生意気な女だなっ」


 酒でも飲んだのだろう。男の頬が少し赤らめていて、男の服も乱れている。

 しかも女性が口走ったように『薬』をやってるのかもしれない。男の目が異常に血走っているように見える。


「同意した?」

 

 男に聞こえないくらいの声で彼女の耳元に呟くと、彼女は僅かに顔を横に振った。


「OK」


 ドアを掴む彼女の手をゆっくりと離し、その手を手繰り寄せるようにしてエレベーターを降りると、背後で静かにドアが閉まった。

 俺は着ているジャケットを脱ぎ、彼女を包み込むようにそれを肩に掛ける。そして、彼女の腕を掴む男の手を振り払い、彼女を背後に隠すように立ちはだかる。


「刑法176条 強制わいせつ罪。13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月むつき以上10年以下の拘禁刑こうきんけいに処する」


 彼女のスマホで撮影した写真を男に提示すると、男の表情が一変した。


「喧嘩売ってんのか?」


 焦り始めた男は俺に鋭い視線を向けて来た。

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