偶然は突然に④

「刑法177条 強制性交等罪、刑法178条 準強制わいせつ及び準強制性交等罪は刑事訴訟法第235条の改正に伴い、親告がなくとも罰せられる」

「は?こいつイカれてるな。そんなんで脅しても無駄だぞっ」

「あぁ~未遂か?だとしても、刑法180条 未遂罪に該当するな」


 売り言葉に買い言葉。そんな言葉にいちいち引っかかるくらいなら検事なんてやってねぇよ。


「言っとくが、この女が先に色仕掛けで迫って来たんだって」


 往生際が悪いとはこのことだな。こういう言い訳自体が、肯定している行為そのものなのに。

 嘆息した俺は、少しずつ人が集まっていることに気が付いた。


「ねぇ、あの人、来栖くるす みなとじゃない?」


 来栖 湊?どこかで聞いたことのあるような名前。

 憤慨する男の声を聞きつけ、エレベーターの周りに野次馬が集まりだした。中には動画を撮る者までいる。


 大事になる前に、この辺で片付けるとするか。


「あ、悪い」


 女性の肩に掛けた自身のジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出す。


「最高検察庁 刑事部所属の検事、久我です。告訴するなら私宛にご連絡を」


 わざと野次馬の視線がある中、女性に堂々と名刺を差し出す。


ピンポーンと、緊迫した空気をリセットするかのように到着音が鳴り響いた。

【▽】ボタンを押しておいた為、エレベーターが到着したようだ。


「他に乗る人いますか?」


 何事もなかったようにその場にいる人たちに声を掛ける。けれど、空気を察してか、名乗り出る人はいない。

 男は苦虫を嚙み潰したような顔で、俺に睨みを利かせてくる。


「彼女が告訴し送致されたら、この手で起訴してやるから覚悟しろ」


 男を睨み返し、彼女の背中に手を添え、エレベーターに乗り込んだ。

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