偶然は突然に②

「おいっ、待てってッ!!」

「離してっ、触らないでよっ」


 何やら、開いたドアの前で言い争っているようだ。俺は咄嗟に【開】のボタンを押す。


「このまま帰れると思ってんのかっ?!」

「ホテル内で大声出さないでっ!薬でもやってんじゃないの?通報するわよッ?!」


 必死に抵抗しようとドアに手を掛けた女性は、もう片方の腕を男に掴まれているようだ。


「顔が売れてるからって、いい気になんなよ」

「痛っ」


 女性をエレベーターに乗せないように髪を鷲掴みしたようで、女性の頭が左に無理やりに傾く。そして、女性が怯んだ隙に女性をエレベーターに乗せないように腕を強く引いたようだ。

 その反動でクラッチバッグが床に落ち、そこから彼女のスマホが俺の足元へと飛ばされて来た。

 無意識にそれを拾い上げ、ドアの【開】を押し続ける。隅に移動していた為、彼らから俺は、死角になっているようだ。


 チッ。仕事でもないのに、こういうのはマジでやりたくないんだが。


 俺は、最高検察庁 刑事部所属の現役検事。

 悪業を見て見ぬふりは出来ない。だって、見るからに犯罪の匂いがプンプンする。


 ドアの【開】ボタンを連打しながら、ドアを掴む女性の手を男にバレないようにツンツンと指先で弾き、合図を送る。


 俺の気配に気づいた彼女は一瞬だけ視線をこちらに向けた。

 あっ、マジでヤバいな、これ。


 水玉柄のシフォンブラウスは引きちぎられ、水色の下着が丸見え。ドアが閉まらないように右手で押さえ、左手は男に掴まれているから胸元を隠すことさえ出来ず。

 シニヨン風に纏めてあったであろう髪は見る影もなく乱れ、無理やりキスでもされたのだろうか?綺麗に塗られてあったはずの口紅が、唇の輪郭から崩れるように滲んでいる。

 腕を掴む男から逃げたい一心の彼女は、俺にかまう余裕すらない。


「ロック解除して」


 俺は死角に隠れた状態で小声で囁く。

 拾い上げたスマホを、ドアが閉まらないように堰き止めている彼女の指先に翳し、ジャケットの襟元につけているバッジを指差す。


 俺の意図を理解したようで、彼女は親指の指紋でスマホの画面ロックを解除をした。

 さて、無報酬だけど、一仕事しますか。

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