第26話 絶望の景色

 化け物がしっぽをふる。

それだけで、大地が振動して圧倒的な破壊力がうまれる。


バキバキと樹海をなぎたおしてしっぽが迫ってくる。


「うっ」


心臓がバクバクと早鐘をうつ。

緊張で呼吸ができない。

息が苦しい。

あんなの一撃くらっただけで終わりだ。

なにがなんでも防がないと命はない。

カヒュっと、掠れる喉に強引に息を通して、肺に一息で空気を送り込む。


『大地の祝福を求める。汝が力で我を守りたまえ土性魔術第三・《ストーン・ウォール》』


大量の魔力を乗せて限界まで硬化した壁をつくる。


「まだです!」


この程度ではあの攻撃は防げない。


『大地の祝福を求める。汝が力で我を守りたまえ土性魔術第三・《ストーン・ウォール》』

『大地の祝福を求める。汝が力で我を守りたまえ土性魔術第三・《ストーン・ウォール》』

『大地の祝福を求める。汝が力で我を守りたまえ土性魔術第三・《ストーン・ウォール》』

『大地の祝福を求める。汝が力で我を守りたまえ土性魔術第三・《ストーン・ウォール》』


直撃ギリギリまで壁を立て続ける。

何重にもならべて、どんな圧力にも耐えられるようにする。


この壁一枚で樹海の魔獣の攻撃を凌げる耐久度だ。鉄の壁よりもさらに固い鉄壁の布陣。


 でも防御に徹していては勝てない。それではじり貧だ。この攻撃を防いだらすぐに反撃をする。


魔術の詠唱を口ずさむ。

だが、嫌な光景が頭をよぎる。

本当にこんな化け物の攻撃を防げるのだろうか?


「……ちっ」


判断は一瞬だった。

少しでも低い場所へ。

攻撃が当たらない僅かな可能性に賭けて、化け物の足跡でえぐれていた地面のくぼみに身を伏せた。


一枚目の壁が尻尾にぶつかり脆い泥壁のように破壊される。

二枚目が同じように吹き飛んでいく。

三枚目が破壊される。

四枚目もまた同じように。

五枚目が破壊されても、その尻尾にはいっさいの減衰が見られなかった。

全てが意味をなさずに圧倒的衝撃に飛び散っていく。


「うわぁぁぁぁぁ」


鼓膜をやぶるほどの爆撃音。

吹き飛ばされた土壁の破片がヒュンヒュンと、僕の体を掠めていく。

理不尽すぎる。

伏せていてよかった。

この破片の一撃ですら、僕を致命たらしめる威力を誇っている。



伏せたことで、尻尾の直撃はさけれた。

ブオンと、尻尾が頭上を通り過ぎていく。


その風圧は凄まじく、それだけ僕の体は上空に跳ね上がる。


「……う、くそったれ!」


空中で無防備に放り出されてしまった。

化け物と目があった……気がした。


ニヤリと奴の顔が歪む。

追撃の巨大な腕が迫ってくる。


弱者をいたぶる強者の戯れ。

化け物が嗜虐の色を瞳に浮かべた。


「なめんなよッ!」


ふざけんな。

こっちだって、何年もきびしい修業に耐えてきたんだ。

そう簡単にやられてたまるか。

それに、もう見飽きたんだよ。

そんな風に見下されることはな。



「ぶっ殺してやりますよ!」


もうあの頃の弱い僕ではない。

馬鹿にされてたままでいると思うなよ怪物。

やってやる。

下剋上ジャイアントキリングだ。


『空を駆ける誇り高き風よ その力を我に貸し与え 敵を凪払わん 風性魔術第五・荒風テンペスト


地面に向かって、大量の魔力を乗せた風を叩きこむ。

その反動で、宙に打ちあげられた体がさらに高く上昇する。

巨大な腕が迫ってくる。

このまま上に飛んで逃れるんだ。


「間に合えぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


ギリギリだ。

咄嗟に体を宙で翻す。

体を水平にして、巨大な腕を寸前のところで躱した。


しかし、このままではまた風圧で飛ばされてしまう。

おなじ轍を踏むわけにはいかない。


(追い詰められた時こそ反撃のチャンスだろーが)



『闇の祝福を求める 敵を拘束せよ 闇性魔術第三・《ダーク・チェイン》!』


ジャリンジャリンと伸びた鎖が化け物の指に絡みつく。


 闇属性の低位魔術。

黒い魔力の鎖を出現させて、敵を拘束する捕縛術。

もちろん、こんなデカブツ相手には通用しない。

だが、飛ばされないように僕の体を固定することはできる。


「うあああああああああああ」


鎖を巻きつけて、どうにか吹き飛ばされるのは防げた。

けれど、遠心力で僕の体を枯れ葉のように振り回されてしまう。

目まぐるしく景色が高速で流れていく。


「……っ!」


『闇の祝福を求める 敵を拘束せよ 闇性魔術第三・《ダーク・チェイン》!』


弾き飛ばされる前に鎖を生み出して、次は化け物の手首へつなげる。

古い鎖を解除して、勢いをつけて跳躍。


さらに鎖を出して、次は肘へ。


(解除ッ)


次は二の腕へ。


(解除ッ!)


何本もの鎖を操って、遠心力を利用して化け物の身体に近づいていく。

最後の鎖が肩に巻き付いたタイミングで鎖を解除する。


宙に飛び上がった僕の視線と怪物の赤き目が至近距離でぶつかる。


「余裕ぶっていられるのはここまでですよ!」


右手に魔力を込める。

バチバチと黄色い雷撃の閃光が発生する。


このまま魔術を撃つか?

いやだめだ。

こいつの固い防御は大魔法でなければ崩せない。


だから、直接体内に打ち込んでやる。

いつだって活路は前に。

恐怖に打ち勝ったその先にある。


『雲を裂く雷鳴よ その怒りを我に貸し与え 敵を討たん 雷性魔術第五・電撃ボルト・ストライク


「くらええええええええええええ!」


雷を纏った拳を化け物の眼球に突っ込む。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

「まだだぁ!」


つっこんだ手のひらに魔力をこめる。

雷がバチバチと激しくのたうちまわり、化け物の内側から体を焦がしていく。


化け物が頭を振る。

そんな簡単な動作に巻き込まれただけで死にそうだ。

非常識にもほどがあるだろ。

こんなやつ、絶対に存在してはいけない。

ここで、倒さなければ。


鎖を伸ばして緊急離脱。

樹海の木に巻き付けて、着地は風の魔術で衝撃を殺して着地した。


「GYAOOOOOOOOOOOO!」


怒り狂った化け物の咆哮。

目を潰されて僕を見失っている。


「はあ、はあ、はあ、これできめます!」


『天空の涙を宿しし霞の乙女よ その権能は命の始まりと終焉 無垢なる指先で水の輪廻を断絶せよ 穢れなき息吹きと共に全ての滴を払いて 乾きの楽園をこの世に築き上げん 嘆き、崩れ、朽ち果てたあとに大いなる恵みを渡そう――水性魔術第九・蒼零域ドライ・ドミネイション!』


一瞬の静寂が訪れる。

周囲のあらゆる水分を吸収する。

枯れて、生命の源泉たる水を失った木々が崩れ落ちていく音が耳に入ってくる。

大地はさらさらと砂漠化していく。


化け物は……駄目か。

体の一部が乾燥してざらざらと崩れ落ちていくが、倒れる雰囲気はない。


僕の魔術の気配を察したのか、化け物が唸り声をあげて、空に向かって口を大きくひらく。


「なっ!?」


化け物体が発光して、その光が口に集約されていく。

キュイイイイイインと耳をつんざく高音を奏でて、超巨大な光の玉が出現した。

それは、時間を追うごとにさらに巨大になっていく。


「それはやりすぎじゃないですか!?」


ドラゴンのブレスも児戯におもえるような、破壊のエネルギー。


まだだ、これじゃ足りない。

さらに魔力を高めて周囲の水を奪う。

あの力に対抗するには地面だけじゃ足りない。

干渉の影響を空へ伸ばす。

たちまち夜空から雲が消失する。

全てを水に変換されていく。


気がつけば、数えきれない水球が宙に漂っていた。

それを一点集中させて超巨大な水球へと昇華させる。


手のひらを化け物へ構える。

化け物が僕を睨む。


「リリース!」

「GYAAAAAAAAAAAA!」


ギラギラと煌めく破壊光線と、

全てを飲み込む水の放射が、


衝突した。





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