第24話 卒業

 「はあ、はあ、はあ」


 大魔法が黒の樹海に残した傷跡は甚大だった。

タマモさんが張っていた結界をぶちやぶり、周囲一帯の木を枯らして、大量の水が森を洗い流していく。


しばらくすると、水の流れが落ち着いて、森林だった場所には新しく湖が形成された。規模としては、師匠がつくった魔湖の10分の1にも満たないけれど、僕が放った魔術の中では最高の威力だった。


パチパチと手を叩く音に振り返る。

ギランさんが、タマモさんが祝福するように笑っていた。


「凄かったですよ。やはりアー君は天才ですね」

「ガハハハ、まさか堕天使相手に殴り合いながら、未修得の大魔法をかますとはやるりおるわ」

「えへへ、そ、そんなこともないですよぉ~。このくらい出来て当然というか~」


嘘である。

めっちゃ嬉しい。

どうしよう、顔がにやけてしまう。

本当にできるか半信半疑だった。

でも、絶対に成功させて、皆を驚かせてやろうと必死になって発動させたら成功した。


僕たちが喜んでいると、師匠が笑顔で言った。


「見事だ、アジュール。お前は俺の予想を上回った。もう、教えることはない。これからは時間をかけて己の腕を磨くがいい。おめでとう、卒業だ」








 夜、合格祝いとして師匠とタマモさんが僕のためにご馳走を用意してくれた。


皆が幸せそうに、僕との思い出を語り大盛り上がりだった。

食事も存分に食べて、空腹も満たされた。

けれど、どれだけ美味しいものをたべて、甘いジュースを飲んでも、僕の心はなにかがぽっかりと抜け落ちたように暗く沈んでいた。


食後、一人で酒を飲む師匠に近づいて声をかける。


「師匠」

「なんだ」

「……やっぱり僕はこの森を去らなくてはだめでしょうか」

「ああ、そうだな」

「そうですか」


あまりに淡々と師匠はそう言った。

最終試験を突破する方法を考えた時、もしかしたら期待を超えた姿をみせたら、師匠も考え直してくれると、秘かに期待していた。

でも、どうやらだめらしい。


「じゃ、師匠も付いてきてください。皆で森を出ましょう。そしたら、もっと楽しいことだってありますよ」

「……駄目だ」

「それは、絶壁の向こう側が原因ですか?」

「……」

「タマモさんとギランさんは、あそこが師匠をこの場に押さえつけている呪いだと言ってました。それは本当ですか?」

「……ちっ、あいつら」


余計なことをいいやがって、と言いたそうに師匠は食事の片づけをしているタマモさんとギランさんを睨みつける。


「隠さないでください。じゃなきゃ納得できないですよ」

「お前がここを出ることと、俺がここに残ることになんら関係はない」

「……教えてくれないんですね」

「ああ。言いたいのはそれだけか? なら、もう寝ろ。きょうは試験で疲れているはずだからな」

「……はい」


 これ以上問い詰めたって無駄だろう。

そのくらい師匠の態度は頑なだった。


諦めて僕は家に戻る……ふりをした。


家に入る風に見せかけて、こっそりの家の裏手に周る。


どうせ質問しても、あの師匠のことだ。

教えてくれないのは、想定済みだった。

頑固者だからね。一度だって僕のお願いを聞いてくれたことなんてないんだ。


何も教えてくれないなら仕方ない。

ふふふ、こっちから暴いてやろうじゃないか。


師匠はなにかしらの理由があってこの森に留まっている。

それを、ギランさんが呪いと揶揄したことからも、師匠が好きでこの森にいるとは限らないということだ。


もし、僕が師匠のなんらかの目的に有用な人物だと証明できれば、でていけなんて考えも変わるかもしれない。


僕はいつまでも皆と一緒に居たい。

ギランさん達も言ってたじゃないか、師匠も僕と一緒にいて楽しそうだって。


「ふう、とはいえ馬鹿正直に移動したら師匠の探知に引っかかってしまいます」


 だから誤魔化す手段が必要だ。


『『我が魔力を糧に簡易召喚術シンプル・サモン


「おいで、クラウ」

「ガア!」


 光の鳥かごを出現させる。

そこから一匹の黒い鳥が姿をみせる。


夜中に呼びだしたのが気に入らないのか、気だるそうな垂れ目で僕を見つめてくる。


「ごめんって、ちょっと力を貸してほしくて」

「……ガァ」


 この子は、僕がサバイバル中に新たに契約した守護魔獣だ。

といっても、出会ったのは随分前だ。

この森にきてすぐにから面識はあった。


時々挨拶を交わして、たまに魔力を分け与えていたらいつのまにか仲良くなった。


「姿隠しの魔術をかけて欲しいんだけどお願いできる?」

「ガア!」


この子は闇属性を得意とする鳥だ。

魔獣や霊獣は、特定の魔術やそれに近しいことを、詠唱もなく扱うことができる者達がいる。


ドラゴンのブレスなどもそれだ。


師匠曰く、魔術というよりは種族として生まれながらに備わった能力スキルらしい。


クラウが僕の魔力を使い、闇のベールを生み出す。

それを身に纏うと、僕の気配が薄くなる。

これは敵から見つからないようにするためのものだ。

戦闘力が低いクラウが生存戦力で身に着けた特殊な技能。

一応、闇魔術にも似たようなのがあるが、僕は闇属性が苦手だから、自分ではできない。


「よし、これならいけそうだね」


師匠の探知能力がどの程度の精度かは分からないが、バレた時はまたその時に考えよう。


「さあ、師匠の秘密を探しにいきましょう」

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