第23話 最終試験 杖なしの魔術師

 堕天使と相対する。

これで4度目だ。


タマモさんとギランの様子をうかがう。

彼らは何も言わずにまっすぐと視線を向けてきた。


分かっているよ。

貴方達の期待を裏切るつもりはない。

深く頷き返すと、と二人は頬を緩ませて微笑んだ。


師匠は……いつもと変わらない。

何を考えているのか読み取れない。ただ、この戦いの行く末を静かに見守っている。


(アジュール、どうやって戦う?)


アリエルがそう質問をしてくる。

僕は首を振った。


「アリエル、今日は僕の戦いを見てて欲しい」

(え!?)

「この試験は、僕一人の力で乗り越えたいんだ」


わがままかもしれない。

全力をだすなら、アリエルの力を借りるべきだろう。


でも、師匠に一人で戦う僕を見て欲しいと思った。


この数年間であなたが鍛えてくれた力を、成長を、最後にもらったこの舞台で、全ての期待を乗り越えて、合格してみせる。


(……わかった! きをつけてね)

「ああ、必ず勝つよ」



 堕天使が杖と剣を構える。

僕も姿勢を落として臨戦態勢に。


これまでの戦いでいくつか分かったことがある。


堕天使の魔法技術は強力だが、あらゆる面で僕の方が上だ。魔術の発現の速さ、扱える属性の種類、対応力。敵の魔法を見て、後出しでも遅れをとらず相手に対応した魔術で対処可能だ。


怖いのはあの剣だけだ。

だが、近距離戦を避けるように立ち回れば問題ない。


 扱う魔術も、中位から上位のものがいいだろう。大魔法は火力こそ高いが、やはり一対一の戦いには向かない。


長い詠唱時間はリスクが高い。壁役を任せられるアリエルがいないのなら尚のこと避けるべき。


最後にあの強力な光属性と闇属性の結界。

本来、相反する光と闇の魔力を混合魔術として成立させるのは、とんでもない難易度になる。堕天使という特殊な特性を考えても、おそらくかなり無理をしていると思われる。


その証拠として、堕天使は僕の魔術を防ぎきれていなかったし、奴の体は舞いあがった土埃で汚れていた。多分、物理的な攻撃までは防げていない。



「では、最終試験をはじめる」


師匠の合図がでる。


ここまでの分析を踏まえると、最適手段は、火力がなくとも中威力の魔術でじわじわと削り、距離をとりながら確実に倒しにいくこと。




―――だけど、それじゃだめなんだ


始まりとともに僕は堕天使に向かって全力で駆け出した。


(アジュール!?)

「……っ!」


 僕の予想外の行動に堕天使は目を見開き一瞬動きを止める。アリエルの悲鳴が後ろから聞こえた。師匠も驚いたように口を開いている。



これでいい。

生半可な勝利なんていらない。

僕のするべきことはコイツに勝つことだけじゃない。


これまで習った全てをぶつけて、師匠達の期待を超えた、成長した姿をみせることだ。


そのためにあらゆる障害を、真正面から乗り越えてやる。


真っ向勝負だ。


見ててください師匠、ギランさん、タマモさん。貴方達の弟子は、もう守るだけの存在じゃないんだと証明します。



堕天使は僕の思惑を感じ取ったのか、ニヤリと笑い片手で剣を振り下ろしてきた。


その剣の切っ先の速さは目に追えないほど速い。だが、予備動作、剣の振る角度を見極めて、ダッキングで懐に入り込む。


頭上を風切り音が通り抜ける。


(懐ががら空きですよ!)


渾身の打撃をみぞおちに叩き込む!


「ハアアア!」


堕天使の体がくの字に折れ曲がる。

たしかな手応えを感じる。

だが、この程度では、大したダメージはないだろう。


当て損じた剣が翻り僕の首を狙ってくる。


「……っ」


まともに喰らえば即死だ。

だが、密着するほど近いこの距離は剣の間合いではない。


ぼくの距離だ。



すばやく横にスッテプして避ける。



翻弄して敵の判断力を削っていく。

師匠に鍛えられた僕は、近距離戦でもお前に負けるつもりはない。


何度も敵の攻撃をよけて、小さくダメージを与えていく。


そんなさなか、僕は思い出す。

あの日、屋敷を追い出された時のこと。


簡単な魔法すらつかえず、不能者として、ゴミのように扱われた。

なんども辛くて死にたいと思った。

逃げ出したかった。


そんな僕を師匠達が拾ってくれた。

彼らは優しかった。

一生魔法が使えないと思ってた僕に魔術を授けてくれた。


―――初めて放ったあの魔術を思い浮かべる。


この数年の訓練と一年のサバイバルで学んだ。かならずしも、魔術や魔法の威力は階位に左右されるものではない。込めた魔力の量で威力はいかようにでも変わる。


そのためには莫大な魔力量と、安定した魔力出力、繊細な魔力操作が必要だ。


一つは、僕は生まれながらに持っていた。

一つは、ギランさんが荒々しくも誠意をもって、僕に授けてくれた。

一つは、タマモさんが優しく愛をもって、教えてくれた。


位階が低いほど魔術の発動動作は早い。

いまの僕なら、この剣戟の嵐の中でも唱えられる。


追放された日に、何度も唱えて失敗したあの呪文を。


『炎の祝福を求める、火性魔法第一、着火イグニッション!』


爆炎が堕天使を焼き付ける。

敵の結界を破る必要はない。

近距離戦で結界の内側から魔術を発動させる。


「カハッ!」


野太い堕天使の呻き声が漏れる。

すかさず再度唱える。


『炎の祝福を求める、火性魔法第一、着火イグニッション!』


剣をよけながら、右へ左とリズムよくスッテプを踏み打撃を与える。隙が生じた瞬間にまた唱える。


『炎の祝福を求める、火性魔法第一、着火イグニッション!』


炎がすべてを焼き尽くす。

白と黒の混ざった、片翼の翼をチリチリと焦がしていく。


「ハアアア!」


たまらず堕天使は杖を投げ捨てて、剣を両手で握った。

はやい。

間に合うか?


「っっ」


剣が僕の喉の斬りつける。

血が滲みでる。

傷は深いか、浅いか。

いや、確認している暇はない。


『炎の祝福を求める、火性魔法第一、着火イグニッション!』


一瞬の判断を間違えただけで致命傷となる。

攻め手を緩めたら、堕天使の剣に飲み込まれる。

大丈夫だ。

興奮しているおかげで痛みはない。



「はあ、はあ、はあ。杖を捨てたのは悪手ですよ!」


さらに深く敵の懐に飛び込む。

怖い。

この剣の嵐に飛び込んで、怖くない人なんていない。

すぐにでも逃げ出したい。

死にたくない。

どうしてこんな危険を冒す必要があるんだ。


でも、思い出せ。

屋敷にいたころは、もっと怖い想いを沢山したじゃないか。

それに比べたら、よっぽどマシだろ。


下がるな。

前へ、前へ進むんだ。

恐怖に打ち勝って突き進め。

皆の期待を超えろ。


思い出せ。

師匠に言われた言葉をッ。



「生と死の狭間でこそ魔術の才能は開花する!」


『天空の涙を宿しし霞の乙女よ!』


その一節を読み上げると、堕天使が明らかに狼狽えた。師匠達の悲鳴とも歓喜ともとれるような声が耳に入ってくる。


『その権能は命の始まりと終焉 無垢なる指先で水の輪廻を断絶せよ』


魔術の取得難易度は階位を増すごとに極端に上がる。僕の最難度の魔術は六年前に会得した水性第八・銀世界だ。


『穢れなき息吹きと共に全ての滴を払いて 乾きの楽園をこの世に築き上げん』


僕は一度も第九魔術に成功したことはない。

だからこそ、いま、この生と死の狭間で成功させてみせる!


『嘆き、崩れ、朽ち果てたのちに大いなる恵みを授けよう』


堕天使がなりふり構わず剣を振る。

呪文に気を取られて、体が剣をかすめていく。

血の臭いがする。

でも、僕の足はまだ立っている。

心も折れていない。

さあ、終わりにしよう。


『水性魔術第九・蒼零域ドライ・ドミネイション!』


静寂が訪れる。

あれだけ猛威を振るっていた剣戟がピタリと終わる。


「ガハ」


堕天使は、がくりと膝をついた。

その体は、全身の水分が抜けたように干からびていた。

大地に亀裂が走る。

草木が枯れて、黒の樹海の木々が朽ちていく。


周囲からあらゆる水分を奪う水性魔術第九・蒼零域ドライ・ドミネイション

だが、この術はここで終わりではない。


集めた水分を魔力で増幅させる。

何万倍にも膨れ上がった水の粒が宙に浮かび上がる。


それは、これからなにが起こるから知らない人からしたら幻想的な風景としてうつるだろう。


「ミゴトダ」


堕天使は勝者を賞賛するように笑った。


「ありがとう」


右手を広げて堕天使に向ける。


「リリース」


全てを飲み込む水の奔流が、堕天使を飲み込んで跡形もなく消し去った。




僕は最終試験を突破した。

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