第22話 過去
次の日も、その次の日も堕天使に再戦したけれど結果は全敗だった。
毎回良い所まで追い詰めると……二の足を踏んでしまう。
夜、ギランさんとタマモさんに呼びだされてしまった。
二人は僕を見守るような温かいまなざしで見つめてくる。
これはバレてるな。
「アジュールよ」
「……はい」
「どうして勝とうとしない」
「……」
「貴様なら勝てるはずだ。手を抜いているんだろ?」
「……」
返す言葉がなくて、うつ向いてしまう。
タマモさんの香りがした。気がつくと彼女に抱きしめられていた。
よしよしと頭を撫でられる。
「……ここを出て行きたくないんですね」
「……はい」
その通りだ。
僕は……わざと負けていた。
だって、もし試験が終わってしまったら、僕のいるべき場所はここじゃないどこかになってしまうから。
「変だなと感じてました。アー君なら、魔術で一方的に堕天使に勝てると思ってたので」
「……ごめんなさい」
「いいんですよ。落ち込まないでください」
堕天使は強い。
でも魔法使いだ。近づけないようにけん制して、遠距離戦に持ち込めれば、魔術師である僕ならいくらでも勝ちようはあった。
僕が手を抜いていたこと。
多分師匠も気がついている。
けれど、一度も怒られていない。
負けるたびに、いつもと変わらない声音と表情で「また明日」と言ってくるだけ。
もしかすると、弟子として呆れられたのかもしれない。無理もない。数年間の集大成である試験で、手を抜いているんだから、僕だって逆の立場なら怒るだろう。
「……師匠に嫌われてしまったでしょうか」
不安から、ふとそんな言葉を口走ってしまう。
「いいえ、そんなことはありませんよ」
「そうだな……むしろ逆だ。あれはお前が好きで好きでしょうがないとみえる」
「……っ、そんなの嘘ですよ。じゃあなんで僕を追い出すようなことをするんですか!」
「わたしも、アー君は愛されてると思います」
信じられないよ。
僕を大切にしてくれているなら、追い出そうなんてしないで。
それじゃ、屋敷にいたころと同じじゃないか。
もうあんな辛い気持ちになりたくないんだ。
「ミロクはこの狭い世界に閉じ込めたくないと思っているだけです」
「……そうだな。この森はあやつにとって呪いそのものだ」
「呪い……どういう意味ですか?」
タマモさんとギランさんが目を合わせるが、それ以上はなにも語ってくれない。
「なんで教えてくれないんですか。呪いって、あの絶壁と関係があるんですよね?」
「ごめんなさい。私達からなにも言えないの」
「……っ」
「この森について教えることは禁止されている。だが、それ以外のことで制約はうけておらん。どれ、すこしだけ、お前が来る前のミロクについて話してやろう」
「……僕と会う前の師匠」
それは、とても気になる。
毎晩酒を飲んで、スローライフは最高だなとか言って浮かれていたに違いない。
「ミロクは……アイツはずっと廃人だった」
「え?」
「そうですねぇ。毎晩お酒を飲んで、愚痴ばかりで。それに我儘でした。飯がマズイ、酒がマズイと言って、不機嫌になると壁をドンって」
「ええ!?」
なんだそのクズエピソードは!?
快適な異世界スローライフを送ってたんじゃないの!?
「貴様の前ではスローライフなんてほざいていたが、あれは嘘だ。家も農園も生け簀も、全部吾輩達が用意したものだ」
「懐かしいですねぇ。ミロクに元気になって欲しくて、色々と用意しました。毎晩飲んでいるお酒もわたしがつっくてるんですよ?」
「家を建築した時の木材や、食事の肉は吾輩の担当だったな」
「……うそじゃん」
本当にスローライフしていたのはギランさんとタマモさんだった!
「だというのに、ミロクはわたしがつくった酒をかぶかぶ飲んで、ギランさんが狩った肉に好きなだけたべて、寝たい時に寝るっていう生活を500年近く」
前言撤回。
ある意味師匠が一番スローライフを楽しんでいるかもしれない。
「ク、クズすぎる」
500年引きこもって、契約霊獣の脛を齧る生活だったなんて誰が想像できようか。
いや、待て。
そんなはずはない。僕はたしかに師匠が魔獣を狩ったり、菜園仕事をしているところを見てきた。忘れるわけがない。だって、師匠はそのたびに自慢してきたから。
「僕には師匠が働いているように見えましたけど」
「それがアイツの調子の良いところだ。貴様がやってきてから、さもいままで働いていましたとでもいうように振舞っておったわ」
「はい。まるで、数年振りに再開した甥っ子にカッコいい所をみせようとする、親戚のおじさんみたいでしたね」
「なんですかその解像度の高さは」
「まあ、調子乗りの部分はどっかの馬鹿弟子にきちんと受け継がれてるみたいだがな」
「やめてッ!」
そんなクズと一緒にしないで。
僕はまともだ!
絶対にそんな大人にはならないッ!
「はあ、はあ、はあ、ま、まさか師匠にそんな過去があっただなんて」
「これで分かっただろう。アイツはお前が可愛くて仕方ないのだ」
「サバイバルの一年間も毎日こっそり一人で見に行ってましたしねぇ」
「……そうなんですか?」
全然気がつかなかった。
「デス・サラマンダ―の巣穴に突撃した時は腹を抱えて笑ってたぞ」
「ええ、最初はあんなにビビってたくせにって。わたしもお可愛らしいアー君につい笑ってしまいました」
「は、はう」
恥ずかしい。
あれを見られていたなんて。
「アジュールよ」
「……はい」
「ミロクの期待に応えてやってくれ。この試験は、アイツにとっても辛いことなんだ。お前と一番離れたくないのは、きっとミロクの方だ。それでもあいつはお前を見送ろうとしている。それは間違いなく、あいつなりの愛だ」
「師匠の……」
「あの人を楽にしてあげてください。きっといまも辛い気持ちを抱えていますから」
「……そうですね」
別れが着実に近づいてくる恐怖を僕は知っている。その、辛さも。
「……分かりました」
納得はできていない。
黒の樹海を去るのも嫌だ。
皆とお別れだってしたくない。
でも、魔術を教えてくれた師匠達の気持ちを裏切るような真似はもうできない。
「明日、堕天使を倒します」
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