第21話 堕天
翌朝。
「最終試験の内容は、討伐だ」
「森でなにか倒せばいいんですか?」
森の中にはまだ僕では厳しい相手がちらほらいる。
そいつらのどれかだろうか。
「違う、お前がこれから倒すのはそれらとは一線を画す相手だ」
「……そんな奴がいるんですか?」
「ああ、強いぞ。タマモ用意を」
「はい」
タマモさんが呪文を唱える。
『詠唱
「す、すごい!」
広場を囲むように闇の魔力による柵が構築される。
一切のよどみなく発現したそれは、闇性第八魔術・血濡れの檻。
ほとんどの物理も魔術も通さない極めて強固な結界魔術。しかも、それを師匠の魔力を大量に使い、超強化されている。いまの僕ではこれは破れないだろう。
「アジュール、これが貴様の相手だ」
『我が守護天使よ、我が魔力を糧に呼応に答えよ』
「……っ」
師匠の詠唱に耳を疑う。
それは、師匠と森で初めて出会った時にみせてくれた魔術。
閃光が立ち上り巨大な門が出現する。
超高位存在を呼び寄せる召喚術。
『
厳かな門がゆっくりと開く。
「ハアアアアアアアアア」
現れたのは、全身に銀の鎖を巻き付けた片翼の天使。
片手に剣を持ち、もう片方には身の丈もありそうな杖を握りしめている。
肌は全身真っ黒に染まっており、やつれた顔で、ぎろりと睨んでくる。師匠は天使と言ったが、属性は悪そのもの。
天使から放たれる圧は、重く息苦しい。
体が逃げ出したいと叫んでいた。
「こいつは、天使でありながら闇の力に手を染めた堕天使。気性は無慈悲にして獰猛。力に溺れてしまった者の末路だ」
「……師匠はこんな怪物とも契約しているのですか?」
「昔、とある協会で封印されていたのを見つけてな。戦いの場を用意してやると約束したら契約を交わせた」
これ絶対に封印を解いちゃいけない類のやつでしょ。
ほんとうになにしてるのこの人。
「安心しろ、最悪殺しても構わない。本人も戦いの場で死ねるなら本望だと言っている」
「ハアアアアアアアアア!」
「ほ、ほんとうかな」
どうみても、僕を早く殺したいとうずうずしているようにしか思えない。
「こいつは魔術は使わない。魔法使いであり、一流の剣士だ。もしこれを倒せたらお前はまた一段階先へ進む」
「……はい」
「では、これより最終試験を始める」
戦いの火ぶたが切って落とされた。
◇
『我が魔力を糧に
「アリエル、今回の敵は強敵だ。力を貸してくれ」
(りょーかい!)
堕天使はいつでもかかってこいとばかりに僕を睨んでいる。
まずは、様子見から。
『荒ぶる激流の主よ、その鋭き刃を我が水の魔力で発現せよ水性魔術第四・
得意の水刃を飛ばす。
もちろん、大量の魔力をのせてある。
この一年で僕の魔術の技術は飛躍的に上がった。
闇の狼を倒した時と威力は比べ物にならない。
さあどう対処する。
「なっ!?」
堕天使はニヤリとわらい、右手に持つ剣で僕の魔術を真っ二つに切ってしまった。
「……魔剣士か」
剣には闇のオーラが纏っている。
自身の武器に魔力を乗せてるのか。
思わず身震いをする。
剣で魔術をきる。
動作としては簡単なものだが、その剣戟の速さはギリギリ目で追えるかという速度だった。近距離戦では不利になるかもしれない。
近づいてはダメだ。
一定の距離を維持して、魔術の打ち合いに持ち込もう。
分かっていたことだが強い。
けれど、僕だってこの一年間過酷な環境で鍛えてきた。
師匠達の前で無様な姿はさらしたくない。
堕天使が宙に杖を掲げて、魔法文字を描く。
脳を最大限に動かして、魔法文字を解読する。
魔法の知識は、師匠に師事する前から今に至るまで必死に勉強していた。
落ち着け。
相手の雰囲気に気圧されるな。
これまでの努力を信じろ。
魔法、魔術の技量で負ける訳にはいかない。
魔法文字を読み解けば魔法の属性、形状、位階のおおよそ把握可能だ。
視線を走らせて冷静に分析して知識と照らし合わせる。
属性は闇。
形状は直線で波打つような放射系。
恐らく、
『
堕天使が呪文を口ずさむ
その詠唱の一節で、瞬時に答え合わせをする。
これは闇の衝撃波の詠唱だ。
これなら問題ない。
既に対抗魔術のための準備を終えている。
回避の必要はない。迎え撃つ。
唱えるは、風性魔術第六・螺旋。
周囲に螺旋状にまわる風を発生させて攻撃を弾く防御魔術だ。
呪文を詠唱して、堕天使の魔術に被せて発動する。
『
『風性魔術第六・
「……っく」
放たれた闇の波動を風で弾き返していく。
凄まじい威力だ。
けど、いける。
やはり魔の技術では負けていない。
「ここで畳みかけます! アリエル、僕に代わって術式の維持を!」
(わかったよ!)
アリエルに螺旋のコントロールを渡す。
同じ魔力を共有しているからこそ、できる芸当だ。
『青き水流に住まう水のシモベよ、その力の権能で敵を撃ち滅べせ|水性魔術第六・
僕が得意としている魔術の一つだ。
背後に拳ほどの水球が無数に出現する。その全てを堕天使へと放つ。
デス・サラマンダ―相手なら体をハチの巣にできる威力である。
汎用性が高くずっとこの技を愛用してきた。
だが、コイツ相手にはこれでは足りないだろう。
休憩している暇はない。
『焔より生まれし白き水の巫女よ その権能は憂鬱たる死と恵 堕落の眠りより目を覚まし力を示せ 現世を白く染め上げ 凍える冬の到来を 音を消し去り静寂を』
こめる魔力は極大に。
しかし、効果範囲をギリギリまで狭める。
大魔術の威力を一点に集中させる。
『孤独な我が心を降ろせ―――水性魔術第八・
天から極寒の冷気が堕天使に降り注ぐ。
全てを凍てつかせる大魔術。
やったか!?
容赦なく消し飛ばすつもりで撃った。
―――だが
奴はまだそこにいた。
半身を凍らせた状態で、いまにも倒れそうなのに。
狂気的な笑みを浮かべて、吠えた。
「ハアアアアアアアア!」
「……君、固すぎだよ」
どうしましょう。
僕、さっきより威力の高い魔術ないんですけど……
てか、あれ耐えれるとか想定してないし。
どうなってんだよ!
注意深く確認すると、光と闇が混ざった見たこともない結界が堕天使の体を覆いつつんでいた。
「……複合魔法による高位の結界ですか」
大魔法を防げるほどの結界は厄介だ。
でも、相手は満身創痍。
ここで追撃をかければ……
僕は一歩前に進もうとして……
針が刺さったように胸がズキンと痛んだ。
「……」
(どうしたの?)
「……いや、なんでもないよ」
負傷した堕天使の戦意に影が差した様子はない。
もしかすると……誘っているだけかもしれない。
油断して決着を急いだら負けるかもしれない。
「……もう少し様子をみよう。まだ、急ぐ時間じゃないから……」
(……うん)
それから一時間後、僕はあっさりと堕天使に負けた。
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