第19話 試験の準備期間
15歳になった。
実家との騒動も落ち着いて、魔術の勉強も順調そのものだ。
そんなある日、師匠は唐突もなく言った。
「アジュール、そろそろ頃合いだ。最終試験にそなえて準備をしよう」
「……え」
一瞬理解できなくて、首をかしげてしまう。
最終試験って、どういうことだろう。
僕はまだまだここで学ぶことが沢山ある。
「師匠、最終試験って、どういう意味ですか?」
「そのままだ。お前にはいずれここを出て行ってもらう」
「はあ!?」
なぜ?
僕は……なんとなくだけど、ずっとここで生きていくものだと想像していた。
師匠達もきっとそのつもりなんだと、思っていた。
それなのに……
「い、嫌ですよ。僕はここから離れるつもりはありません!」
「引きこもりみたいなことをいうな。外はいいぞぉ。楽しいことが沢山ある」
「500年引きこもってる人に言われたくないです」
結局、師匠は僕が黒の樹海にいる9年間で一度も外に出なかった。
「経験は人を成長させる。ここを出て学校に通うのもいいんじゃないか? 損得関係のない同年代の友というのは、学生でないと得難いものだ」
「……そんなのいらないです」
「なら、世界中を冒険してみるのはどうだ? 色んな出会いがあって新鮮だ」
「そういうことじゃないですぅ!」
師匠がめんどくせえコイツみたいな表情で見下ろしてくる。
けれど、違うんだ。僕はここを離れるのが嫌なんじゃない。師匠やギランさん、タマモさんと一緒に居たいんだ。
「でも、お前5年以内に実家に帰るって約束したんだろ?」
「あれは……仕方なくってやつです。ちょっと顔をだしたらすぐに帰るつもりなので」
「ふうん、そうか……」
深く頷いた師匠はしばらく考え込んで黙ってしまう。
正直、少し裏切られた気分だ。
師匠は僕のことを心のどこかで認めてくれていると思ってた。
それなのに、僕を追い出すなんて。
「まあ別に今すぐにってわけじゃない。とりあえず試験の準備をしよう」
「……」
無言の圧で『僕は不満です!』と抗議を意を示すが、師匠は気付いてくれもせずに、勝手に話を進めていく。
「最終試験でアジュールにやってもらうことがあるが、いまのお前では弱すぎて駄目だ」
「むう!」
精一杯喋らないようにしているけれど、容赦なのない師匠の言葉にむかっ腹が立つ。思いっきり頬を膨らませて抗議の視線を送る。
「お前なにやってんだ?」
「……こ、抗議です」
「もう10歳じゃないんだぞ。大人になれよ」
「う……は、はいぃ」
どうして僕が怒られるんだ。
◇
黒の樹海の奥までやってきた。
家がある場所から相当離れている。
こんな場所でなにをするつもりだろう。
ギランさんとタマモさんもついてきて、感慨深そうな視線を送ってくる。
「あのー、師匠なにをするつもりなんでしょうか?」
「これからお前を強くする」
「はあ」
「とはいえ、知識は十分に学んだ。魔術の技術は時間をかけて覚えていけばいい。では、足りないのはなにか。分かるか?」
僕に足りないもの……
正直ありすぎてどれか分からない。
相変わらずギランさんには火力では敵わないし
タマモさんの繊細な魔術技術にもとうてい及ばない。
師匠に関しては全部が規格外すぎて話にならない。
「分かりません」
「そうか。まあ簡単に言うと経験だ。圧倒的な戦闘経験不足だ」
「はい」
「なので、これから一年間、お前はここでサバイバルをしてもらう」
「はい………ん?」
あ、あれぇ。
「し、師匠いまなんと?」
「だから、一人で一年サバイバルしてみろって」
「はあ!?」
師匠の頭がおかしくなっちまった!
「無理無理無理無理ぃ」
「泣きば許してあげる年齢は過ぎた。大人になるってのはそういうことだ」
「いや、あなた6歳の僕を火であぶってたじゃん! 師匠むりです。こんなとこで生きていけません」
「まあ、せいぜい頑張ってみろ。一年過ぎたら帰ってこい」
ギランさんとタマモさんがニコニコと笑顔になる。
「小僧、お主の成長を楽しみに待っているぞ。吾輩の教えた大魔法でこの樹海の王者となれ」
「アー君、頑張ってください! アリエルちゃんもいますし、天才のアー君なら余裕です」
ねえ、なんでもうサバイバルが確定してるの。
「魔獣除けの結界もない。油断したらすぐ死ぬから気をつけろ」
タマモさんと師匠がギランさんの背中に乗ったのを合図に、「GRUUU」と唸り声が聞こえる。
もの凄くデカい黒いトカゲがいた。
「……は?」
「あいつはデス・サラマンダー。この森では中の上ってところだな。がんばれよ」
そういって、ギランさんが飛び立つと同時にデスサラマンダーが突っ込んできた。
タマモさんがひらひらと手を振ってくれる。
「おい! せめて見届けてからいけよ!」
ぜったいに師匠には血がかよってない。
冷血漢!
人でなし!
年中二日酔いのクズ野郎!
『我が魔力を糧に
(どうしてのアジュー……ええええええええええええええ!?)
「あのトカゲをぶっ飛ばしてくれ!」
(わ、わかった!)
「黒い狼を倒したときのやつをやるぞ!」
(うん)
風と水属性をまぜた複合魔術だ。
あの狼を一瞬でばらばらにした超高威力魔術。
師匠にも褒められた、自慢の大技だ。
アリエルの竜巻に僕の
ドッカーンと衝撃音が響き砂塵が舞い上がる。
「ふう、やったか?」
(余裕だよ~)
土埃が晴れると、そこには傷一つないトカゲがぴんぴんしていた。
「……」
(……)
「(ありえないぃぃぃぃ!?)」
「GYAO!」
―――
――――――
――――――――――
結局、デス・サラマンダ―を倒したのは夕暮れ時になった。
「はあ、はあ、はあ。つ、強かった」
(……うん)
逃げ回りながら、どうにかリエルに足止めしてもらって、上級魔術で仕留めた。
結構ギリギリの戦いだった。
こいつで中の上って、この森はおかしいと思う。
絶対に生き残れる気がしない。
「師匠……無理ですぅ」
どれだけ魔力に余裕があっても、体力が持たない。
今回は一匹だからどうにかなったけど、複数でてきたら絶対に死ぬ。
「僕はきっとここで死ぬんだぁ」
(その時はわたしも一緒だよアジュール)
「ア、アリエル~」
うえーん。
師匠の馬鹿ぁ!
死んだら祟ってでてやる!
それから、約一年後…………
「やっぱ唐揚げはデス・サラマンダ―が最高ですな!」
(ですな!)
「雑魚で狩りやすいし、おつまみにぴったりです」
(うんうん!)
僕はむしゃむしゃとデス・サラマンダ―を食べていた。
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