第18話 いや、無理ですけど。

 ひざまずく兵士達に僕はいった。


「いや、無理ですけど」

「「「……」」」


シーンとした冷たい空気がながれる。


「だって、僕追い出されたんですよ? そりゃ、病気が病気ですから、ある意味納得してるんです。爆死したら周囲に迷惑がかかるので」

「……そ、それは」

「でもね、理性と感情は別物です。僕は忘れていません。屋敷にいる間、使用人達にイジメられたこと。追放されて悔しかった想い。今更帰ってきれくれなんて言われも心が追いつきません」


兵士達は反論してこない。

僕の気持ちが少しは理解できるのだろう。


「別に仕返しをするつもりはありませんよ? 僕はそんなことのために魔術の勉強はしてませんから。でも今回みたいに危害を加えようとするなら、それなりの抵抗をします」

「危害などと! 我らはただお迎えにあがっただけで」

「コイツは僕を殺そうとしましたけど」


セグレイを指さすと、兵士達は驚き、少し間をあけて、勝手な真似をした主人を睨みつける。


「お、お前等は俺の部下だろ! なにをしていr」

「雑魚にいは黙っててください」

「あばばばば」

(あはははは)


アリエルが中吊りセグレイをくるくると回す。


「し、しかし、アジュール様。このままではロータス家は終わりです。セグレイ様が家督を継げば……どうなることか」


兵士長が覚悟を決めた声でつぶやく。

この発言がどれだけ不敬か分かっているのだろう。


「セーラがいるじゃないですか」

「たしかにセーラ様なら問題ありませんが……それを大人しくセグレイ様が受け入れるとはとうてい思えません」

「ふむ」


たしかに。

というか、思いっきり殺すとか言ってたしな。

はあー面倒だ。

でも仕方ない。

妹のために、ここは兄が一肌脱ぐとしよう。


「分かりました! 一度は実家に顔をだします」

「おお! ほんとうですか!?」


兵士達がどよめく。


「そのかわり条件があります」

「な、なんでしょう?」


そして、僕はくるくると回るセグレイを指さした。


「こいつを放逐して平民にしてください」

「「「は?」」」


セグレイも文句を言いたそうにしているが、口の中に空気が無理矢理押し込まれて「あばばば」と言葉になっていない。


「あ、あのそれはどういう意味でしょう?」

「そのままの意味です。平民になれば家督を引き継ぐのは難しいでしょう。屋敷からも追い出してしまえばセーラも安全です」

「はあ」

「父上に正式な書類で契約を交わすように言っておいてください。雑魚兄にいが平民になったあと、よきタイミングで顔をだそうとおもいます」

「そのー、良きタイミングというのはいつ頃でしょうか?」

「うっ……100年後とかじゃダメ?」

「言い分けないでしょう!」

「は、はいぃ」


そうですよね。

でも僕だって魔術の授業で忙しいんです。

けど、妹のためだしなぁ。


「ご、50年」

「だめです」

「25年」

「だめですぅ!」

「わ、わかった10年!」

「……」

「……5年にします。これ以上は無理です」

「はあ、分かりました。一度そう伝えてみます」


すると、兵士達は諦めたようにおのおの帰る準備を始めて引き返していった。なるべく早く返事を持ってきてくれるらしい。


それはいいんだけどさ


「どうしようこれ」

(ははははは、ねえアジュールこの人おもしろいね)

「あばばばばば」


とりあえず、僕はセグレイの世話はアリエルに任せて現実逃避することにした。




返事は2週間程度でやってきた。

よっぽど急いだのだろう。


ちなみに、セグレイのお世話はアリエルがやってくれていた。たべれそうな草を無理矢理口に突っ込んで、定期的に水を口に運んでいたらしい。


とても良い子だ。

もうセグレイは口もきけないくらいボロボロになっていたけど。


「アジュール様、当主様から許可を頂けました! こちらが証拠の書類です」

「え」


慌てて確認すると、セグレイが追放されることが記載された王国公文書の写しだった。ちゃんと父上のサインも書かれている。王国公文書は国からしかもらえない特別な書類だ。これを偽造すると重い罪に問われる。

本物である可能性は非常に高い。


つまり。

あのクソ親父、本当にやりやがった!

血も涙もないのかよ。いや、やらせたのは僕だけどさ。


流石に可哀想になって、セグレイに視線を向けると目から涙をこぼして震えていた。


「ご、ごめん」

「い、い、いまさらあやまるなー!」


いや、ごめんって。





それから、兵士達はセグレイに一瞥もくれずに「アジュール様、約束ですよ。信じてますからね」と言って立ち去って行った。



ただ一人残された兄上が呆然としている。


「だ、大丈夫だよ。きっとどうにかなるって」

「……」

「ほ、ほら。真面目にやれば魔法の才能だってあるんだし。まあ、それもほぼ枯れて雑魚だったけど、人生やり直しきくって多分」

「……」

「あっそうだ! 串焼き職人なんてどう? 兄上の魔法の火力ならいい焼き加減になると思うんだ」

「……ぐす」



僕は一応優しいことばでセグレイを慰めたが、なぜか黙り込んでしまった。

解せぬ。

まあ、これも因果応報。自業自得だ。しょうがない。


流石に着の身着のまま生かせるのは可哀想だったので、師匠にお願いして食料やら、多少の宝石を譲ってもらった。


多分、一年くらいは暮らせるだろうとのこと。

しかしそれも約500年前の知識だ。

まるであてにならない。


「つ、強く生きなよ、セグレイ」

「……ぐす」


とても寂しそうな背中だった。

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