第17話 セグレイの大魔法

 僕はいま信じられない物を目撃している。

書き終わることのない魔法文字。

いっこうに始まる気配のない詠唱。

永遠に発動されない魔法。

まさに魔法きせきだ。


未だにセグレイは必死にぐるぐると魔法文字を描き続けている。


しかも、スペル間違ってるぞ。


「はっはっは、貴様はあと1分たらずの命だぞ!」


いや長っ!?

まだ一分もかかるの!?


「あ、兄上」

「はあ、はあ、なんだ!? 今更兄などと呼ぼうとも遅いぞ!」

「いや、あの……先ほどの発言がどうしても気になってしまい」

「な、なんだ!? 俺様はいま集中してるんだ」

「この魔法は大魔法で間違いないんですよね?」


さっき、こいつは火性魔法第五・炎の嵐ファイア・ストームを大魔法だと言った。


でも、炎のファイア・ストームは中位魔法だ。上位魔法ですらない。

つまり、僕の知識が間違えていることになる。

本当に大魔法なら、この発動の長さも納得できる。


「ああそうだっ、これは俺様の最終奥義、火性魔法第五・炎の嵐ファイア・ストームだ!」

「……っ!?」


その発言に開いた口がふさがらない。


「ふふふ、ははははー。どうだビビったか? そうだろ、この年齢でこれほどの魔法、そう扱えるものではない」


なにを勘違いしたのか、セグレイは勝ち誇ったように宣言する。


いや違うよ。

呆れているんだよ!

あなた、僕が追放される前からその魔法つかえたじゃん。

え、なんだ。

まさか、あれから全く成長してないということか!?

いや、むしろ退化してる。

追放した時は素早く熱線を放ってきたのに。


……そりゃ父上も、妹に家督を譲りたくなるよ。


あまりの残念さに、僕は全身から力が抜けてしまう。


「あ、あのセグレイ」

「さっきからなんだっ、俺はいま集中している!」

「魔法を学ぶのはいいですけど……まずは対人戦闘の基礎理論から見直した方がいいと思いますよ?」

「は?」


とりあえず、僕はセグレイの横っ面を思いっきりぶん殴った。








「ぐわーーー!?」


ボキっと鈍い音が響き、殴られたセグレイの体がぶっ飛んだ。

長々と書いていた魔法文字も霧散する。


「ひっひいい!?」


『お前正気か?』とでも言いたげに、セグレイが目を丸くして見つめてくる。


「き、貴様ぁっ! 俺様が魔法を構築している時になんてことを!?」

「当たり前だろ、なんで都合よく待たないといけないんだ」

「魔法使い同士の決闘だぞ!? 魔法で戦うにきまってるだろ!」

「……いや、逆に魔術で対抗したら、なんか恥かなと思って」

「恥!?」

「そりゃ最初は魔術で対抗しようと思ったさ。

でも気が変わった。

こんな奴に魔術をつかうのはなんていうか……

今までの努力が全否定されるきがしたんだよね」



「いや、心の声が全部もれてるぅぅぅ!」

「す、すいみません。あまりの弱さに動揺してしまい」

「全然謝罪になってない!? というか魔術ってなんだ貴様!」

「ああ、もうそういうのいいので。時間の無駄です」



とりあえず、セグレイが身動きをとれないようにマウントをとった。師匠から習った柔術という技で関節技を決めようとおもったけど、やっぱりもったいない気がしてやめた。


「な、なにをする」

「なにって殴って終わらせようかなと」

「そんなに冷静に言うなぁぁぁ!」


とりあえず顔面に一発……と拳を構えるが、兄上の顔をみていると、思わず手が止まってしまう。


「魔法使いの勝負ぞ? 魔法で決着をつけよう! なっ!?」

「はう」

「うぐ……そ、そうだよな! やっぱり兄の顔面は殴れないよな!」

「……はい」

「それでいい、それでいいのだ! すぐどけばこの無礼許してやる」

「いえ、そういう意味じゃなくてですね。思えばこの拳も師匠との訓練で鍛え上げたものです。それをこんなクソ雑魚に使うと思うとあまりに残念でならなくて」

「はあ!?」


すると、手を伸ばせば届く距離に人の頭ほどのサイズの岩が転がっていた。


「……これでいいかぁ」

「!?」


おもむろに持ち上げて、頭上に構える。


「まっ、待ってくれい! やっぱり手でいいから! 手でお願いしm」


ぐしゃと、果実がつぶれたような音がした。








ポイっと、兵士の一番偉そうな人に、セグレイを投げつけた。

全員がポカーンとしている。

そのせいで、無残にも気絶しているセグレイは地面に落下してしまった。


「あ、あのアジュール様。これは……どういうことです?」


地面に転がったセグレイを指差して兵士長らしき人が質問する。


「セグレイだ」

「あいや、それは分かってるんですけど」


だれもセグレイに駆け寄る者はいない。

どんだけ嫌われてるんだよコイツ。


「気絶してるだけだよ」

「はあ」

「昔セグレイに魔法で肩を打ち抜かれたからね。その仕返しに肩を潰したんだけど、そのショックで気絶しました」


一応死んでないか確認しておくか。


『我が魔力を糧に簡易召喚術シンプル・サモン


「おいでアリエル」


手のひらに小さな光の鳥かごが出現する。

そこから、ふわふわと飛ぶ風の小精霊が姿をみせる。


(どうしたのアジュール?)

「いやね、この人が生きてるか確認したいから宙ぶらりんにしてくれる?」

(わかった!)


アリエルが体を揺らすと風が舞い上がって、セグレイがさかさまで宙に浮く。


『水の祝福を求める、水性魔術第一、雨粒レイン・ドロップス


「ぶはっ!?」


試しに水をぶっかけてみると、セグレイは目を覚ました。


「どこだここは!?」


うん、無事みたいだ。良かった。

元気そうなセグレイと視線がぶつかる。


「ひいいい、お、お前等こいつを殺せぇ!」


暴れるセグレイにアリエルが風を吹きかけるとブランブランと揺れる。


(あははは、この人おもしろいね)


セグレイは悲鳴をあげるが、兵士達は身動きもせずに僕を見つめていた。


「アジュール様、いまの魔法は? 杖も用いずに発動していたと見えましたが」

「うん、僕に杖は必要ないんだ。それにこれは魔法ではなく、魔術。君たちが使う魔法とは少し違うものなんだ」


特に師匠から秘匿しろとは言われていない。

そもそも、魔力保有者マジック・ホルダーは僕意外に殆どみたことがないと言っていた。


「鮮やかな手際でございました。まるで瞬きするが如く、発動の予兆すらみえませんでした」

「ふふふ、ありがとう」


そう言われると、素直に嬉しいと感じてしまう。

師匠達との訓練は無駄ではなかったと実感する。

どこかの雑魚のせいで傷ついた魔術的自尊心が回復されていく。


すると、兵士長が片膝を地面につく。

それを合図に、次々と兵士達が頭を垂れる。


「え」


セグレイも宙ぶらりんの状態で驚き、目を引ん剝く。


「き、貴様ら何をしている、俺様を助けろ!」


そんな、叫びを無視して。

兵士長は静かに呟いた。


「アジュール様、どうか。お帰り頂けないでしょうか。ロータス家の当主の座につけるのは貴方を置いて他におりません。お願い致します!」


「「「「「「お願いいたします!」」」」」」



「「は?」」


どっかの馬鹿と声がシンクロした。






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