第16話 愚かなセグレイ
二人っきりで話がしたいというので、僕はセグレイを連れて黒の樹海の奥へと足を運んだ。
「お、おい、本当に魔獣はいないんだろうな?」
「はい、なのでビビらないで大丈夫ですよ」
この辺は師匠が僕たちのために、魔獣除けの結界を一時的に張ってくれている。
それでもセグレイは僕の言葉が信用できないのか、ビクビクとしていた。けれど、しばらく歩いても魔獣の気配がしないので、安心したのか急に態度を変えて偉そうにする。
「ふん、もういい。ここなら誰にも見られないだろう」
「ええ、そうでしょうね」
「……ところで貴様、あのドラゴンはどうした?」
「ドラゴン……ああ、ギランさんですか。彼はいま食事の最中で近くにはいませんよ」
「そ、そうか。それはよかった」
なにが嬉しいのか、セグレイはニコニコと機嫌がよさそうにする。
ジロジロと僕の体を眺めてくる。すると、ぱちくりと瞬きして、不思議そうにつぶやく。
「貴様杖はどうした。何故持っていない?」
「……えっと」
うわあ死ぬほどめんどくせえ。
こんな奴に魔術の説明をするなんて、それこそ金をドブにすてるような愚行だ。
端的に言うと時間の無駄。適当に誤魔化しておくか。
「忘れました」
「は?」
「だから、忘れました。いらないとおもったんで」
「そ、そうか」
とりあえず、そういうことにしておこう。
すると、セグレイはますます上機嫌になりにちゃーと汚い笑顔を浮かべる。
「なるほど……杖がないね。ぐふふ、お前は間抜けな奴だね」
「はあ」
「そうだ! 最後にもう一つ教えてくれ。どうやってあのドラゴンを手懐けた? 特別な方法がるのだろう?」
キラキラとした目でセグレイが質問してくる。
僕は最後、という言葉に違和感を感じた。
二人で話がしたいと言ってたのに、最後とはどういう意味だ。
まさか、これが聞きたかっただけ?
「……別に特別な方法はありませんよ。ギランさんは、僕と仲良くなって一緒に行動しているだけなので」
「……つまりそれは、主従関係がないということか?」
「はい」
「……っくっくっく、かーはっはっは!」
「!?」
なにが可笑しいのか、突然セグレイが腹を抱えて笑い始めた。
「おいおい、冗談だろ。ドラゴンを従えてると知ったときは、少しは見直したもんだが、ぷぷぷ、ただの偶然とか笑える」
「はあ」
「しかも、杖を忘れるなんて魔法使い失格もいいところだ! なら己の不幸を呪いながらあの世にいってもらおうか」
「え?」
そういって、セグレイは自慢げに杖を構えて僕に向けてきた。
「あ、あの」
「なんだ、遺言か? まあ最後の言葉くらい聞いてやるぞ」
「……いえ、そうじゃなくて」
こ、こいつ馬鹿じゃないのか。
父上に僕を連れてこいと命令されてるんだろ。
なのに殺してどうする。てっきり、恥を捨てて僕に「帰ってきてください」と懇願すると思って付いてきたんだけど。
「僕を連れ帰らないんですか?」
「けっ、そんなの野盗に襲われて死んだとでも言えばいい訳がつく」
「……でも僕たちが二人っきりになるのを兵士達は見てますよ」
「それは……あれだ。魔獣に殺されたとでもいっておけばなんとかなる」
なんでお前だけ助かる前提なんだよ。
なるほど、つまり何も考えてないと。
あれ、おかしいな。
コイツ、こんなに馬鹿だっけ?
一緒に屋敷にいたころは、乱暴者ではあったが勤勉なイメージがあったのに。
「一応聞いておきますけど、セグレイは僕を殺してどうしたいのです? 今更そんなことをしても何の得もないでしょう」
「父上はな、どうやらお前に期待しているらしい」
「僕を?」
「ああ、どの程度魔法がつかえるようになったか確認したいようだ。まったく無駄なことだ。俺様という優秀な跡継ぎがいながら……いまさら、愚かな弟なんて必要ないだろうに」
「……でも、僕を連れ帰らないと当主の座が貰えないんですよね。そんなこと言われるなんて、本当に優秀なんですか?」
「ぐっ……あ、当たり前だ! 父上の頭がおかしくなっただけだ。こともあろうに当主の座をセーナに譲るだなんて」
「まあ」
セーナ・ロータス。
僕の妹の名前だ。
しかし、なるほど。彼女が当主になるのか。
「なら、なおさら僕が帰る必要はありませんね」
「なに?」
「あなたがつぐよりよっぽどマシだ。こんな無能に家を継がせたら、早晩破綻するのが目に見えている。僕が父上でもおなじことをする」
「貴様ぁ!」
セグレイが杖を構えて宙に掲げる。
魔法の前兆だ。
「もう許さん、貴様も妹もだ!」
「はい?」
「俺以外に当主の座を渡す訳がないだろ。それを邪魔するなら、貴様も父上も妹も全員ブチころしてやる!」
「……はあ」
唾を吐き散らかして、セグレイが怒鳴る。
目は充血しており、まるで獣のような野蛮な表情だ。
「兄上、あなたはそこまで落ちてしまったのですね」
縁を切ったとはいえ、元兄弟だから軽く痛い目に合わせて終わらせようと思ってた。でも、そういう訳にもいかなくなった。
「あいにく、僕は妹と母上のことはまだ家族だと思ってるので全力で抵抗させてもらいますよ」
「はっはっは、杖もないお前になにができるというのだ!」
セグレイは僕が杖なしで魔術をつかえることを知らない。
余裕だと言わんばかりに油断している。
いいだろう、ならば僕は真向からその自信を打ち砕いてやる。
セグレイの杖が描く魔法文字を目で追いかける。
属性は火。
文字の配列から想像するに、呪文は火性魔法第五・
中位の最上位に位置する魔法だ。
なるほど、まずは小手調べということか。
この程度なら、火属性が苦手な僕でも扱える。
発動に合わせて、同じ魔術をぶつけてやる。
さあこい!
セグレイ・ロータス!
この数年間の成果をぶつけてこい!
全身全霊をもって受けてたつ!
……
…………
……………………
……………………………………
「あ、あれ」
おかしい。
「ふっ、はははどうした、あまりの大魔法の気配に恐れおののいたか!」
「い、いや」
僕は額に汗を垂らしながら、セグレイの魔法を見つめた。
杖がぐるぐると動いて宙に魔法文字を描く。
それはもうぐるぐると。
「う、嘘だろ」
な、なんか遅すぎない?
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