第14話 兄上、黒の樹海に。

 仮設テントでセグレイは大声で叫ぶ。


「どうして俺様がこんなど田舎にいなきゃいけないんだ!」


心の叫びだった。

セグレイは現在、アジュール捜索のために黒の樹海近くの集落に滞在していた。それも、一日や二日ではなく、半年以上。


ここまで長引いてしまっているのは、強力な魔獣が住む黒の樹海に入るのが怖くて、二の足を踏んでいるからだった。


「ちくしょう、ちくしょう、これも全部あの愚弟が生きているせいだ」


父、ガゼルには危険だから黒の樹海に踏み込むのは無理だと進言したが、「鍛錬をサボってきたつけが回ってきただけだ。弱い跡継ぎなどいらん。死ぬ気でやれ」と言われてしまった。


そのせいで逃げる訳にもいかず、農家しかない辺境の地に留まりつづけている。


「おい、捜索を進んでるのか?」


テントで待機している兵士長に確認する。


「い、いえ。何度も言っておりますが、我らはセグレイ様と共に黒の樹海にいけと、ご当主様から厳命されております。セグレイ様を置いてはいけないのです!」

「ふっざけるなっ! ふ・ざ・け・る・なっ! お前等みたいな捨て駒と俺様の命の価値はちがうんだ!」

「っく……それは命を懸けて戦う部下達に失礼です。訂正して頂きたい」

「はあ!?」


この仮拠点には100名ほどの兵士が滞在している。

その誰もが取るに足らない使い捨ての命だ。

次期ロータス家の当主の命と比べたら、紙よりも軽い。


「貴様っ、だれに命令している。身分の差もわからぬか、この馬鹿め。だから無能なのだ、さっさとアジュールをこの場につれてこい」


パシンと平手打ちをくらわす。

それでも兵士長は不快な視線を飛ばしてくる。

脅しのつもりで杖をかまえると、兵士長は不服そうにテントから逃げていった。


「くそっ、こんなことなら、あの使えないメイドを連れてくればよかった」


田舎ではやることがない。

暇つぶしに、田舎女を抱いてやろうかと「村で一番若い女を連れてこい」と命令したら、60歳手前の枯れ木のような女を連れてきやがった。


最初は侮られたと勘違いしたが、どうやら本当に最年少らしかった。


「限界集落するぎるだろ、どうやって暮らしてんだ!」


こんな場所にいるのも全部弟のせいだ。

ドラゴンと天然の要塞である黒の樹海に守られているせいで手がだせない。


「自分はたいしたことがないのに、周囲や環境が凄いからって、調子に乗りやがって。貴族の風上にもおけん。男だったら俺みたいに正々堂々とでてこいや!」


そんな不満をぶちまけていると、食事の時間になった。

兵士長がトレイに乗せて運んでくる。

こんな辺境では食事だけが、唯一心の休まる時間だ。

もしまともな食事がなかったら、早晩発狂して逃げ出してしまったかもしれない。


「こちらが本日の昼食です」

「ふむ……お、おいこれはなんだ?」


そこにあったのは、いまにもカビが生えそうな、古びたパンだった。


「ですので、本日の昼食です」

「は?」


これのどこが食事なんだ。

まるでネズミの餌ではないか。

いや、ネズミすら食わないだろ、こんなゴミ!


「貴様っ、俺を馬鹿にしているのか!? これがメシだというならお前がくってみせよ」


絶対に嫌がらせだ。

さっき叱ったのを根に持っているのか。

ふふふ、なら自業自得だな。もし拒否するればその首をはねてやる。


「え、いいんですか。ありがとうございます」


そういって、兵士長はもぐもぐとパンにかじりついた。

声が震える。

信じられない。


「お、おまえ大丈夫なのか?」

「はい? 我々はいつもこれを食べてますので」

「……マジで?」

「ええ、こんな辺境な場所では食料を補給するのも一苦労です。セグレイ様は贅沢をしていましたが、我々は最低限の食事で済ませる必要があったので」

「……ま、まて。100歩譲って、お前等の食事はどうでもいい。じゃあ俺の食事は?」

「もう在庫が尽きたので、セグレイ様には、これから我らと同じ食事をしてもらいます。あ、でもこれは私が食べたので、今日は昼抜きですね」


う、嘘だ。

そんな馬鹿なっ!?


「これが嫌なら、はやく黒の樹海に向かいましょう。アジュール様もこちらに気がつけば姿をみせてくれるかもしれません」


嫌だ、絶対に行きたくない。

でも、このままだと俺は……セグレイはゴクリと唾を飲んで頷いた。


「わ、分かった。いまから向かう。全員準備をしろ」


もし姿をみせたら絶対に殺してやる。



side アジュール



 風の小精霊のアリエルと契約して、一週間が時間が過ぎた。

長い時間がかかったので、ようやく一休みできる……なんてこともなく、躓いた時間の分だけ、新しく覚える魔術が山のように溜まり、非常に忙しかった。


けれど、それは心地の良い忙しさだ。

もっと沢山の魔術を学びたいという、僕の欲求を満たしてくれる。


時間が足りない。

はやく魔術を覚えて師匠達に追いつくのが僕の目標だ。


そう思って、タマモさんに魔術の授業を受けていたら、師匠に声を掛けられた。


「アジュール、客人だ」

「客?」


なにを言ってるんだろ。

僕を訪ねてくる人なんていない。

というか、黒の樹海にくるような破天荒な知り合いは存在しない。


「俺の探知に引っかかった。樹海の入り口でお前の名を連呼してるぞ」

「ええ?」


人違い……ってこともないだろうな。


「というか、師匠はそんな広範囲の気配を察知できるんですか?」


黒の樹海はとてつもなく広い。それなのに入口付近のことまで分かるなんて。


「当たり前だろ。俺が偶然に森でお前を見つけたとでも思ってたのか?」

「た、たしかに」


言われてみればその通りだ。


「それで、客人とは誰ですか?」

「……お前の兄だと叫んでいるぞ」

「……嘘でしょ」

「兄弟喧嘩に付き合うつもりはない。魔除けの結界を広げておいた。自分で解決してこい」

「……分かりました」


魔術の勉強で忙しいのに……めんどくさっ!





―――――――――――――――――――――――――


自分の他作品の投稿時間ともろ被りしてたのに今更ながらに気が付いたので今日から17:13更新でいこうと思います!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る