第12話 忘れたい思い出
精霊を見るなり師匠はにべもなくそう断言した。
「どうしてですか!? こんなにも愛らしいのに」
「容姿の問題ではない。精霊は魔力の塊だ、危険すぎる。お前にはまだ早い」
「いやだいやだいやだ、この酔っ払い」
「おい」
精霊も僕の後ろに隠れて離れたくないと言っている(多分!)。
「わがままをいうなよ」
「だって、可哀想じゃないですか。こんなに懐いているのに!」
指で触れると精霊は嬉しそうに飛び跳ねる。
可愛い。決めた、絶対に飼う。
そういえば、昔似たようなことがあったなー。
あれはまだ、母さんと仲が良かった時だ。あの頃の僕は、よく屋敷の周辺に遊びに出かけていた。そこで、偶然一匹の野良犬と出会ったのだ。リエルと名前を付けて可愛がったもんだが、母さんに「汚いから会っちゃダメ」と言われて、以降一度も会えなかった。
もうあんな悲しい想いはしたくない。
そのためならどんな汚い手段だって、つかってやるぞ。
咄嗟にしゃがんで、小声でつぶやく。
「水の祝福を求める、水性魔法第一、
水滴が僕の瞳を潤す。
そして、タマモさんに抱き着いた。
「えーん、師匠が意地悪する。助けてタマモさん」
「は、はあん、お可愛らしい」
タマモさんは優しく僕の頭を撫でて、キリっと師匠を睨む。
「こら、ミロク! 子供を泣かせるなんてみっともない。それでもあなた、大人ですか!?」
「い、いやだって」
「だってもヘチマもありません。アー君を泣かせるのはこのわたしが許しませんよ。もし駄目というなら、今日からお酒禁止です!」
「は!? 関係ないだろ!?」
禁酒宣言に師匠が慌てふためく。僕はそれをみて、小さく歯をだしてほくそ笑む。
「こ、こいつ!」
「えーん、師匠がまたいじめるぅ」
結果、精霊を飼うことが認められた。
◇
「まあ、いいだろう。そろそろ召喚魔術を習わせるつもりだったから、丁度いい。その精霊と契約を結べ。ほんとうなら、初心者は小動物とかのほうがいいんだが……自分で選んだ道だ。後悔してもしらんぞ?」
「大丈夫です! 任せてください!」
「タマモ、お前も責任をとれ。契約と召喚術を教えるのはお前の役目だ」
「はい、長い時間はかかるでしょうけど、アー君なら、きっと問題ないでしょう」
師匠が気だるそうに溜息を吐く。
「はあ、いったい何年かかることやら」
「安心してください、そんなの数日でぱぱっとちょいです」
「……懲りないなお前」
師匠は再度、深い溜息を吐いて、僕はジト目でにらんだ。
くそ、まるで僕を信用していない。
こうなったら、一瞬でマスターして、ビビらせてやるぜぇ。
そして、一年が過ぎた。
◇
僕は十四歳になった。
精霊とはまだ契約できていない。
「うーん、うーん、いったい何がいけないんでしょう?」
「もっと精霊と心を通わせてください」
「って、いわれましても」
風の小精霊は相変わらず僕に懐いている……ぽい様子はみせている。なにが悪いのか分からない。召喚魔術は奥が深い。
初めて師匠と出会った時、みせてくれたのがこの召喚魔術だった。この術は契約した魔獣、霊獣、精霊などを瞬時に呼び寄せることができる。
また、術者と心のパスが繋がり、契約者は主の魔力を自在に引き出すことができるようになるらしい。
召喚魔術は魔術師の専売特許だ。
契約者は、魔術師の体内にある魔力を自由に引き出す権利を持っており、それは魔力を持たない魔法使いには不可能なことだと説明をうけた。
「心を通わすなんて、抽象的すぎて難しいですよ」
『精霊よ我が魔力を糧に契約を』
契約の呪文を唱えて、指先に大量の魔力を込めて精霊にふれる。だが、精霊は嫌そうに震えて、距離をとってしまう。
「もうっ、どうして拒絶するんだ。君は僕のことが嫌いなのかい?」
この一年まるで進展がなく、イライラして思わずそう叫んでしまう。大声に驚いたのか、精霊はするすると飛んで、どこかに行ってしまった。
「あっ、ごめん」
反省する。こんな態度では精霊も心を開かないだろう。落ち込んでいると、タマモさんが優しく抱きしめてくれた。
「アー君の魔力はとげとげしてます。そんなに乱暴してはいけません。もっと優しく、母が赤子をなでるように、愛をもって」
「……愛なんて、僕には分からないですよ」
「そんなはずはありません。だって、お母さまに愛されていたのでしょう?」
「……あれは、そんな純粋なものじゃないですよ」
母は優しかった。それは僕が普通の子だと思っていたからだ。
不能者だと分かった途端に、彼女は僕を狭い部屋に閉じ込めて、ゴミを見るような視線をおくってきた。
とても愛する息子にする仕打ちとは思えない。
都合の良い愛だ。
もしかすると、あの精霊も同じなのかもしれない。
魔力持ちの僕が珍しくて、ただ興味本位で近づいてきただけの精霊。
でも、それは僕も同じだ。
あの精霊が可愛くて、飼いたいと思った。けれど、それは精霊が珍しくて、そう思っただけなのかも。もしそこら辺に精霊が当たり前にいたら、こんな風には思わなかっただろう。そもそも、飼うなんて言葉がでる時点で、動物やペットにむける気持ちと同じだ。
「納得できませんか。自分が愛されていたということに?」
「……はい」
「では、そうですね。わたしが魔術でアー君の記憶を覗いてあげましょう。そうすれば、答えがわかるはずです」
「えっ、そんなことできるんですか!?」
「ええ、もちろん。アー君が受けれいてくれればですが」
そんな魔術があるなら見てみたい。けれど、それって……どこまで見られるんだろうか。僕はタマモさんの前ではいい子にしているが、実は陰で師匠にイタズラとかしてる。昔はよく飲みかけの酒にバッタをいれたりした。
他にも色々ある。直近だとあれだ。男子特有のあれだ。最初はなにが起きたのか分からなかったけど、師匠に教えてもらった。それ以来、下着は自分で洗うようにしている。
「大丈夫ですよ、アー君が最近パンツを自分で洗っていることとか、そういうのはみませんので」
「いや、全部バレてる!?」
恥ずかしい。でもそこまで知られてるなら、もう恥ずかしいことはない。
「じゃ、お願いします」
「ええ」
『暗く、深く、闇に潜む知恵の賢者よ、彼の者の記憶を掘り起こし、忘れ去られた追憶をここに咲かせよ
濃い魔力が部屋に充満する。この魔力はタマモさんのものではない。心のパスから引き出してきた師匠の魔力だ。
タマモさんは、魔力持ちではないが、契約者の権利を行使して、魔術を扱える。
詠唱が終わり、じっと目を瞑る。やがて、彼女は目を開き笑顔でいった。
「やっぱり、アー君はお母さまから愛されてましたよ」
「……うそだ」
そんなはずがない。だったら、なぜ母上は僕にあんな仕打ちをしたんだ。
やはり、納得ができない。きっと、タマモさんが、僕を誤魔化すために嘘をついているに違いない。
「やはり信じられないです。申し訳ないですけど、精霊は自分の力でどうにするので……あの子を探してきます」
愛なんて空虚なものは、僕には分からない。
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