第8話 4年後、僕は10歳になった!
この地に来てから4年が過ぎた。
僕は10歳になった。魔術の修行は続いている。
師匠考案のむちゃくちゃな修行のおかげで魔術技術は飛躍的に向上した。
いまでは、全属性魔術を下~中位階規模であつかえる。
火属性に苦労したのは、僕が火属性が特別苦手だったと、あとから判明した。原因は不明だ。もしかすると、家族のことを思い出してしまうのかもしれない。火属性が得意だった父と兄のことは……いまでも時々夢に出てくる。
それがトラウマになり、無意識に火属性に苦手意識を感じているのではないかと、師匠は言っていた。
苦手だったのは火属性だけではない。光、闇属性も同じくらい駄目だった。これも理由は分からない。どうやら根本的に才能がないらしい。
逆に水属性の適正はあった。
おかげで上級魔術まで会得できた。
ここまでがこの4年間の僕の成果である。
「ふうー、そろそろいいかな」
ざばーと、半身入浴をしていた湖から、引き上げる。
ここは、黒の樹海にある湖―――通称、魔湖だ。
とても広域にひろがっている人口湖。
過去に、師匠が黒の樹海を開拓して、水魔術でつくりあげたと聞いた。
瞼を細めて、対岸の湖と樹海の境界を眺める。
まったく馬鹿らしい規模だ。どれだけの大魔術を行使すれば、こんなものが完成するのか。いまの僕に真似できない芸当だが、絶対にいつか同じ規模の魔術を披露してやると秘かに思っている。その時の師匠のビビった顔をみるのが楽しみだ。
「ううーん、きもちい」
体をタオルで拭っていると、さわやかな朝日が差す。小鳥たちの、可愛らしい鳴き声が耳に届く。大自然のなかで、一糸纏わぬありのままの姿でいるのは、清々しい気持ちになる。
気分が良くなったので、木の枝で羽休めしていた黒い鳥さんに、手をあげて挨拶する。
「やあ、ご機嫌麗しゅう」
「ぴぎゃ」
すると、黒い鳥さんは気だるげに片方の羽をあげて挨拶を返してきた。
予想外の返事に固まってしまう。
「……ふーん、中々やるじゃん」
存外賢い鳥さんなのかもしれない。
焼き鳥にするのはやめてあげよう。
黒の樹海は未開の地だ。変な生き物がいても不思議ではない。
挨拶のお礼に魔力を飛ばしてみると、鳥さんはパクっと食べて飛び去って行った。
「いいものがみれた」
早朝から魔湖に浸っていた理由は、精神統一をしていたからだ。魔素を効率良く体内に吸収するための訓練の一環とのこと。
あ、ちなみに魔術を覚えた僕は、黒死紋になることはもうないって師匠が言ってた。溜まった魔力を放出する手段さえあれば、特に怖い病気ではないようだ。
魔力の総量は、生まれながらに決まっているらしい。
器以上に魔力が貯まることはなく、後天的に増やすことはほぼ不可能だと説明を受けた。魔力枯渇に陥ると、呼吸もできないほど苦しくなるらしく、師匠は「もしも時に対応できるように魔力枯渇を何度も経験しておきなさい」と言っていた。なるべく師匠の教えには従うようにしている。
けれども、どれだけ魔力を使っても、僕はいまだに魔力枯渇に陥ったことがない……
◇
「アジュール、今日はギランと一緒に森の奥へ行きなさい」
ある日の朝食後、師匠にそう命令された。
「かしこまりました。鍛錬の内容は?」
「水性第八魔術を練習しなさい。そろそろ頃合いだ」
「大魔術じゃないですか!」
魔術の位階は10段階まである。
1~2までを低位、3~5を中位、6~7は上位と区分する。8以降は大魔術と呼ばれる、魔術、魔法の極致だ。
「君の水属性の適正には目を見張るものがある。いまから訓練すれば数年でものにできるだろう」
「ふふふ。師匠の目も案外節穴ですね。なんなら一瞬でマスターして驚かせてあげましょうじゃありませんか!」
「すぐに調子に乗ってしまうのは君の悪いところだよ。そういって、成功したことはないだろうに」
「……ぐさっ!」
あまりに鋭利すぎる正論ナイフ。
そこを指摘されると反論できない。
最後に師匠が忠告してくる。
「絶壁より先には行ってはいけないよ。あそこは危険だから」
◇
師匠達は多くを語ってくれない。どんな人生を歩み、なぜ黒の樹海に住んでいるのか。僕が来てから彼らは一度もこの樹海から外に出ていない。
◇
目的地にたどり着き、ギランさんが遠くの地点を指さす。
「まずは頭を空っぽに撃ってみよ。詠唱は覚えているな?」
「もちろんです!」
「失敗しても良い。そこから失敗した原因を探り、試行錯誤を重ねいくのが魔術の基本だ」
一歩踏み出して、深呼吸をする。
はじめての大魔術の行使だ。とてもワクワクするが緊張もする。
この4年間で教えられた全ての魔術詠唱は暗記している。今回つかうのは、水性魔術第八、凍える氷雪を吹雪かせて周囲一面を冷気で覆う大規模魔術・
「焔より生まれし白き水の巫女よ その権能は憂鬱たる死と恵 堕落の眠りより目を覚まして力を示せ 現世を白く染め上げ 凍える冬の到来を 音を消し去り静寂を 孤独な我が心象を現世に降ろせ―――水性魔術第八・
魔力がごっそりともっていかれる感覚に襲われる。
光り輝く魔術の前兆。荒れ狂う冷たい風。
「……っつ」
しかし、バチンと光が点滅して魔力が霧散した。
「むう、ダメみたいです」
「最初から上手くいくものか。ふーん、失敗した原因が分かるか?」
「感覚としては、術式構築までは上手く行きました。けれど、出力設定の部分で魔力が行き詰って不発に終わった……という感じです」
「ガハハ、理解しているじゃないか。そうだ、失敗の原因は貴様の魔力が不足しているからだ」
「……ホントですか?」
ある程度は自分の魔力量は把握している。まだ10分の1も消費していない。まだまだ余裕があるはずだ。
「納得ができないか。なら言い方を変えよう。貴様の魔力出力のスピードが遅いのだ」
「出力スピード?」
「ああ、貴様は申し分ないほどの魔力を保有している。されど、それを意のままに放出できなければ、宝の持ち腐れだ。ちょろちょろと水を垂らしてもコップに水が溜まるには時間がかかる。それでは術式が崩れて大魔術は発動できない」
「より短い時間で大量の魔力を術式に乗せろと?」
「それだけは足らん。一定の魔力量で安定して供給しろ。不安定な魔力出力は術式を殺す。ここから数年は、この部分を集中的に鍛える」
「……承知しました」
こうして魔力出力を鍛える訓練が始まった。ギランさんの見立てでは数年単位の時間が必要らしい。
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