第7話 鬼畜の修行

「ささささ才能がない!? この僕がぁ!?」

「ああ、正直俺も驚いている」



師匠がそうつぶやく。タマモさんとギランさんが、可哀想な子をみる憐れみのまなこをむけてくる。


んな馬鹿な!?


「第一の魔術や魔法は、小さな子供でも容易に習得可能な術だ。それができないとなれば、才能がないと言わざるを得んな」

「そ、それは、僕が特殊な体質だからとか、そういう理由で!?」

「関係ないぞ。むしろ大量の魔力を保有するお前は、魔術師として優れてなければおかしい。つまり、才能がない」

「……っく」


そんなに『才能がない』と連呼しないで欲しい。

魔法では不能者と判断されて、魔術師でもだめとなったら、もう僕の魔の道はおしまいじゃん!


「わーん、師匠の嘘つき! 僕には絶対才能があるって言ったのに!」

「お、おいよせ!」

「ゆるさない~」


師匠の足に飛びついて、嫌々と頭を振る。

絶対に魔術が使えるようになるまで、僕はここをでていかないぞ。

才能がないからといって、弟子を放逐するのは大人として無責任である。

育児放棄だ。

断固反対!


「はあん、じゅるり。アー君がご乱心です! けれど、それもまた、お可愛い!!!」

「がははは、まさか魔力持ちの雑魚だったとは、ウケるwww今日から貴様は吾輩の荷物持ちな!」

「可愛くも、荷物持ちでもありません!」


煽ってくるタマモさんとギランさんにぴしゃりと抗議する。


「師匠の嘘つき、嘘つき、嘘つき、むきー!」

「猿になるな! そもそも俺は魔力があると言っただけで、才能があるとは言ってない!」

「むっきゃ! いいえ、言いました。昨夜だって、お酒を飲んだあとに『アジュールは天才だから俺を超えて世界最強の魔術師になるかもなー』ってご機嫌で言ってました!」

「ご機嫌で!?」

「ご機嫌で!」


駄々っ子アタックに師匠が気圧されて、ギゴゴとゆっくり首を動かしてタマモさんに視線をうつす。


「はい、仰っておりました。それはもう、ご機嫌に」

「……まじかよ」


コホンと咳払いをして、師匠は真顔で言い放つ。


「いいかアジュール、覚えておきなさい。酔っ払いが発した言葉には中身がない。ゆうえに、日付を跨ぎ責任を追及するは悪魔の所業である。だって覚えてないんだから」

「理不尽すぎる!?」

「というか、アルコールが脳を支配してんだから、それは俺じゃなくアルコールが喋ったともいえよう」

「暴論が過ぎますよ!」

「大人とはそういうものだ」


大人ってずるい。


「落ち着きたまえ不遜な弟子よ。たまたま、火属性の才能がなかっただけかもれん」

「……僕の家、代々火属性魔法の家系ですけど」

「…………ま、まあ、大して才能のない家系だったんだろ」

「一応、父は第八位階を会得した大魔法使いでした」

「……………」







―――








―――――――









――――――――――――――














「ハハっ、歓迎会の続きでもする?」

「十日前に終わりましたけど!?」










逃げようとする師匠を捕まえて、ようやく授業が再開する。


「お前が魔術を発動できない理由は、魔力の属性付与が下手くそだからだ」

「んー、そういわれましても。やったことがないから、イメージがつきにくくて」

「才ある者は容易にそこを飛び越えていく。が、凡人でもコツさえつかめば問題ない。なーに心配は無用だ。天才たる俺に全部まかせとけ。お前が乗ったのは泥舟ではなく、黄金の方舟だ」


師匠が胸を張って自信ありげに宣言する。とんだ手のひら返しである。ついさっきまで逃亡していた人とは思えない態度だ。


「ところで、ずっと気になってるんですけど」

「なんだ?」

「どうして僕はぐるぐる巻きにされてるんでしょう」

「はあはあ、これは背徳が…っぐ!」


縄を持ったタマモさんが僕の手足を縛り、恍惚とした表情をしている。100人がみたら100人が事件性があると証言してくれる状況だった。

いや、本当になにしてるんですか?

ちなみに、ショタという言葉の意味を師匠に聞いたけれど、曖昧に誤魔化されてしまった。

どうやら異世界の言葉らしい。

ということは、師匠がタマモさんに知識を吹き込んだということだ。

なのに、なぜか僕には意味を教えてくれない。

理不尽だ。


「お可愛いですよ……アー君」

「あの……タマモさんのことは好きですけど、これはちっとも嬉しくないです」

「好きだなんて! ぐふ、これが愛!?」


縛られた体は腕を引っ張ろうとしても、微塵も身動きができない。


「これは、つらい修業からお前が逃げれないようにしてる」

「……安心してください。僕に逃げ場なんてないです。あればとうの昔に逃げていた」


辛い環境も、嫌がらせも、全て経験してきた。この期に及んで、逃げるつもりは毛頭ない。


「ふっ、その根性は認めよう。では、訓練内容を説明しよう。アジュール、属性付与の感覚を掴むために最も近道となる方法が分かるかい?」

「……わからないです」

「正解は、属性付与された魔力にじかでふれることだ。肌で感じるんだ。水属性なら魔力の籠った水に、土属性なら魔力を含んだ土に……」

「な、なるほど、確かに力技ですが、理にかなっていますね。経験がないことを人は語れませんから。で、でも火は無理じゃないですか……熱くて耐えれませんよ」

「だから、そのためにこれだ」

「は!?」



「がはははは、ようやく吾輩の出番だな。小僧、じっくりと焼き上げてやるぞ」


ギランさんが、待ってましたとばかりに、うずうずと目を輝かせる。彼の顎には、灼熱の炎がチラチラと見え隠れしている。


縦に開いた瞳孔に睨まれて、僕はすくみ上った。


師匠とタマモさんは距離をおいて安全そうな場所へ避難する。師匠曰く、魔術の才に乏しい非才な僕でも、これからなにが起きるのか容姿に想像できる。全力で拒絶したいけど!


むくりとおきあがる悪寒を頭から振り払って叫ぶ。


「冗談ですよね!?」

「俺は嘘なんてつかない。生と死の狭間でこそ魔術の才能は開花する」

「人権侵害だ、幼児虐待だ!」

「安心したまえ、直撃しないように、肌を焦がす程度に遠火で焼くから」

「安心できる要素がひとつもないッ。タマモさん助けて!?」

「強くなるためです! お苦しいでしょうが、ここは耐えましょう。火あぶりにされて泣きわめくアー君もお可愛いとおもいます」

「一番やばい人だった!?」

「もちろん回復魔術は掛け続けるから、傷跡は残らないぞ。さあはじめてくれ」

「無理無理無理無理無理!」


ギランさんが巨大な翼を広げる。


「女々しいぞ。男なら吐いた唾を飲みこむな」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ドラゴンブレスが、僕の視界を真っ赤に染めた。








12時間後。


「…………炎の祝福を求める、火性魔法第一、着火イグニッション


ぼふっと音を立てて、地面に落ちていた小枝に火がつく。


「すごいわアー君。ついに成功したわね」

「…………ㇵアィ」


人生で初めて自力で成功した魔術。たゆまぬ努力を続けて、何度も夢にみた、魔の力。でも、なんだろう。このどうしようもない消失感は。


人として踏み外してはいけない道徳への道標をへし折られた気がする。


生きながらにチリチリと肌がやけるあの感覚は二度と経験したくない。


「うまくいったな。では、今日よりこれを毎日繰り返す」

「……え」

「火にあぶられ、水に溺れ、雷に撃たれ、土に埋もれて、死を感じて、魔術はようやく花咲かす。精進したまえ、不肖な弟子よ」


だれか助けてっ!?

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