第5話 追放side 狂い始めるロータス家の歯車

 少し未来の話。


アジュールが追放されて一年が過ぎた頃。

ロータス伯爵家はある変化が訪れていた。


「セグレイッ、貴様この一年何をしていた! 魔法の技術がまるで成長していない、どういことだ!」

「す、すみません父上」

「謝罪などいらんわ! 理由を言え理由をっ!」

「……わ、わかりません」



アジュールの兄、セグレイは悔しそうに顔を歪ませて、父ガゼルに頭をさげる。


「ふん、情けない。才能があると思っていたがわたしの勘違いだったようだな」


ガゼルがそう吐き捨てる。

ロータス伯爵家は、魔法の技術で成り上がった貴族である。

魔法の才能がない者にはとにかく厳しい。


「これならまだ、アジュールの方がマシだったな」

「そ、それは」

「どうせなら、お前が黒死紋にかかればよかったものを」

「……っく」


意外にも、ガゼルは息子のアジュールを評価していた。

年齢の割に聡いあの子供は、魔法の知識だけは素晴らしい速度で飲み込んで行った。もし、魔法が使えれば、さぞかし高名な魔法使いに成長していただろう。


そんな父の暴言に、セグレイは胸糞が悪くなる。


(ちっ、あのくずめ。いなくなってからも俺様に迷惑をかけやがって)


アジュールがいなくなって最も恩恵を受けていたのはセグレイだ。

魔法を重視するロータス家では、兄弟の中でもっとも優秀な魔法使いが家督を継ぐのが慣例だ。


本来なら、いずれアジュールとセグレイは当主の座を巡って競い合う敵同士になるはずだった。魔法の技術勝負となれば、5歳年齢が上のセグレイのほうが圧倒的に有利だ。もし負けたら恥さらしとして、全員から見下されることになる。


セグレイとしては絶対にそんなのは認められない。

だから、仕組んだ。


アジュールが使ように。


アジュールが不能者だと知った時、セグレイは歓喜した。

家督を引き継ぐのは自分だと確信した。


だが、迷惑なことにアジュールは魔法が使えないにも関わらず、黒死紋の特徴である黒い痣が現れなかった。


(だから俺はやってやったのさ)


アジュールが不能者だったことは、予定なら最終試験に公開される手筈だった。それは、アジュールに余計な負担をあたえずに、魔法の勉強に集中できるようにするための配慮だった。


それを、セグレイが崩した。

使用人や、街の平民達に、アジュールは黒死紋だと吹き込んだのだ。


理由は単純。もしアジュールが魔法を使えたら困るのは自分だからだ。


(ふふふ、効果はてきめんだったな)


アジュールにヘイトが向くように仕掛けた。そもそも黒死紋は爆発したら周囲に被害を及ぼす、最悪な病気だ。嫌われて当然の病。その結果、アジュールは魔法の勉強に集中できないほどに、使用人達から嫌がらせをうけて、精神をすり減らしていった。


魔法の勉強どころではなかっただろう。

おかげでアジュールは地獄のような日々を送ることになった。


ここまでは計画通りだった。

セグレイは歓喜した。なのに……


「話を聞いているのかセグレイっ!」

「は、はいっ!」

「このぐずめが」


セグレイは父に叱られる毎日を送ることになった。

これまではアジュールという共通の敵がいたことで、小さなミスをセグレイが咎めらることはなかったが、アジュール亡き今、父の注目は全てセグレイへと向けられていた。


「このまま魔法の技術が向上しなかったら、貴様を次期当主の座から外す」

「は? ちょ、ちょっと待ってください! 俺以外に引き継ぐ人はいないはずです」

「妹がいるだろう……女の当主は他の貴族に舐めれるから避けたいが、お前程度に渡すよりはマシだ。それが嫌なら、真面目に勉強に取り組むことだな」


そういってガゼルは立ち去っていく。




「クソがあああああああああああ!」


セグレイが自室で暴れる。それを、世話係兼護衛役の兵士が咎める。


「落ち着いてください!」

「うるさいだまれ、殺すぞ!」


手あたり次第目に映る物を破壊し尽くす。

セグレイは我慢ならなかった。

死んでも迷惑をかける弟と、自分にまるで期待していない父が。


「俺だって魔法くらいやればできるんだよ!」


セグレイは魔法使いとしての才能がある。

それは父ガゼルと同等か、それ以上に。

実際年齢の割に優秀な成績を残している。


それは、アジュールという脅威がいたから、仕方なく勉強をしてきた結果だ。だが、セグレイは魔法の勉強が嫌いだった。


伯爵という高貴な身分である自分が、なぜ努力などという下らないことをしなくちゃいないのか。そんなものは、平民共にやらせておけばいい。


そして、馬鹿共が汗水流して稼いだ金を徴収して、上の立場の人間は贅沢をするのだ。それが、社会の仕組みというものだ。


「出かける、馬車を用意しろ」

「……魔法の勉強をするのでは?」

「そんなものするかっ、俺はやりたいことをやる」


真面目に魔法の勉強をするより、平民の女で遊んだほうがよっぽど面白い。


父ガゼルは、妹に家督を譲るとかほざいていたが、あんな戯言真に受ける必要ない。


最悪、妹なんて殺してしまえばいいのだ。

そう、アジュールと同じ様に……。

セグレイを邪魔できるものはアジュールだけだった。

だがアジュールは死んだ。

もういない。


そう考えたセグレイは、豪華な馬車の中でうんぞり返り、魔法の練習など二度とするつもりはないと決心するのだった。



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