第4話 そのパンは幸せな味がした

「俺達を殺す気か!」

「ごごごごごごごごごごめんなさーいぃぃぃぃ!」


ポカンとミロクさんに頭を殴られる。


たん瘤ができたかもしれない。ヒドイ。

いててと頭を押さえながら見上げると、三人の前には黒い膜が展開されていた。たぶん、この魔術で爆炎を防いだのだろう。

よかった、出会って早々魔術の師を殺すところだった。

そんな劇的な幕引きは誰も望んでいない。


「タマモの防御が間に合ったからなんとか無傷ですんだな」

「いや吾輩だけモロにダメージはいってるのだが!?」


黒い膜の範囲からはみ出したギランさんのしっぽが焦げてプスプスと煙をあげている。そう思ったのも束の間、すぐにもとの銀色の鱗へと再生していく。驚異的な生命力だ。


「凄い魔力量でしたねー、やはり、うちのアー君は天才かもしれません。流石私の子!」

「ああ、あれだけの魔力を放出してケロっとしているのだから、潜在能力は相当だな」

「すいませんでした!」


申し訳ない。あんな風になるなんて、想像してなかったんだ。

けれど、今はそれどころじゃない。興奮で僕の手は震えていた。


はじめて魔法を、いや魔術をつかえた。

夢にまでみた力をついに掴んだのだ。


興奮で呼吸が荒くなる。

ドキンドキンと心臓が鐘を鳴らす。

身体がじわじわと火照っていく。

これが……魔術!


嬉しくて顔のニヤニヤがとまらない。


「えへへへ、ほんとうになれたんだ、僕は魔術師に!」

「ばかたれ!」

「ひげぶ!?」


また殴られてしまった。


「いまのはただ魔力をスクロールに注ぎ込んだだけだ。そんなのは魔術師とはいえない」

「は、はい!」


水を差す冷たい言葉で、ミロクさんが僕の興奮を鎮火してくる。

しかし、芯まで熱された炭は簡単に消えやしない。

冷水をぶっかけれても、ふつふつと魔術への知識欲が湧き上がってくる。


はやく、知りたい!

魔術の全貌を!

その深淵を!

さあさあさあ、その知識を僕に全部授けてください。


「それで! つ、次は何を教えてくれるんですか!?」

「「「っう」」」


あれ、おかしい。なんでだろう。

なぜかミロクさん達が頭のおかしい奴をみるような視線を送ってくる。


「弟子選びを間違ったかもしれん」

「ついさっき吾輩達を焼き殺そうとしたくせに。こやつ、ちょっとサイコ入ってない?」

「ま、まあ多少魔術狂いなだけで可愛いことに変わりはないし」

「し、失礼ですよ!?」


聞き捨てならない台詞が聞こえた気がする。

とんだ風評被害だった。

それじゃ僕が父上たちみたいに、魔法至上主義の冷酷な人間みたいではないか。

僕は魔術がほんのちょっと好きなだけだ。

ただ魔術を行使して我を失っていたは悔しいが認める。

でも、ほんのちょっとですよ?

皆さんオーバーリアクションがすぎますって。

街巡りの劇団じゃないんだから。


「アジュール、本格的な訓練は十日後からだ。それまではゆっくり休め」

「そんな殺生なっ、それじゃ生き殺しです!」

「よく学び、よく休み、よく遊べ、これは俺のいた世界の格言だ。いまの君に必要なのは休養だよ。興奮で気がついてないかもしれないが、立っているのもやっとのハズだ」

「そんなぁ~」


ぴこん、とミロクさんが指で僕のおでこをつつく。

それだけでバランスを崩して、ふらりと膝が崩れ落ちた。転びそうになったところを、ミロクさんに担ぎ上げられる。


「はわわわ!」

「これからは俺を師匠と呼びなさい」

「は、はい師匠!」

「ふふふ、とりあえず、弟子の歓迎会でも開こうか」








「わあ!」


緑の映える広い庭に用意されたテーブルに、真っ白のテーブルクロスが敷かれて、ご馳走が並んでいる。


師匠が調理した鱒のオリーブオイルと香草焼きは特に美味しそう。屋敷では使用人の嫌がらせでカビの生えたパンを食べていたからまともな食事は久しぶりだ。


「ごくり」


いけない、見ているだけでよだれが垂れてくる。我慢できない、はやく食べたい!


「みなさーん、パンも焼きあがりましたよ~」


タマモさんがバスケットに小麦色に焼けたパンを抱えている。その後ろではギランさんが「なんで吾輩がこんなことを」と文句を垂れながら、巨大なかまどにブレスで火を噴きかけていた。


まさか、ドラゴンブレスをこんな形でみることになるなんて……ちょっとショックだ。


「さあ食事にしよう」


師匠とタマモさん、僕は席につく。ギランさんは、別でブタの丸焼きが用意されているらしい。


「い、いただきます!」


タマモさんが皿によそってくれた魚を口入れる。ホロホロと崩れそうになるくらい、身が柔らかい。


ん~テイスティ~!


「うふふ、ほら焼きたてのパンもあるわよ?」

「はい!」


差しだされたパンを一口食べる。

小麦の味がしっかりとして美味しい。


ふと、屋敷で食べていたパンの味を思い出す。

カビの生えたパンはまずくて、とてもじゃないが食べれたものじゃなかったな。


不能者と判明するまで優しかった母さんや妹。

いつも僕をいじめてきた兄上。

息子を空気のように扱ってきた父上。

いつか魔法使いとして大成して、あいつらを見返そうという気持ちでずっと頑張ってきた。


そんな、暗く陰鬱とした記憶と、目の前の光景を見比べる。


「どうした?」

「アー君?」


屋敷では、誰もが僕を邪険に扱っていた。

侮蔑、蔑視、嘲り、弱いを虐げる汚い言葉の数々。

だが、目の前の二人はどうだ。


優しく見守るような温かい眼差し。

それは屋敷で向けられた、そのどれとも違った。


「い、いえなんでもありません!」


突然目頭が熱くなってしまう。

こんなに優しくされたのは久しぶりだから、泣きそうだ。

でも、絶対に泣かない。

僕はもう弱虫を卒業するって決めたんだ。

屋敷にいた頃のような、情けない姿は見せたくない。

これからは一人の魔術師として、立派な男になるのだ。

それに、せっかくの歓迎会だし、空気をぶちこわしたくないからね。


「う、ううっぐ、ごのパンどでも美味じいでずね!」


精一杯涙をせき止めて、ニッコリと笑う。

パンにかじりつくと、ちょっとしょっぱかった。

師匠達は僕をみて笑った。


この人達の優しさを大切にしたいと思った。

この人達の期待に応えれる魔術師になりたいと思った。

そして、いつか父や兄を超えて、最強の魔術師になると、僕は決意した。









はしゃいで疲れて眠ってしまったアジュールの頭を、やさしくミロクが撫でる。


「不憫な子だ。特殊な体質のせいで親の愛情すら受けれずに、つまはじきにされてしまった」

「わたし達で愛してあげればいいのですよ」


そう言って、タマモが可愛らしく寝息をたてるアジュールを見つめる。

小さな身体だった。魔獣の住まうこの森で生きていくにはあまりに非力な存在。


ギランも不思議そうにその小さな人間の子供を観察する。


「しかし、こんな小僧がミロクを超える魔力を持つなどありえるのか?

「さあな。俺にもわからない。ふつう魔力の器は次元の狭間、異なる世界を渡った時にのみ拡張する。どうして、アジュールがここまで強大な力を持っているのやら……」


 不思議な子だった。

それでも三人は、この未熟で無邪気な弟子を鍛えて、強くしてあげようと誓うのだった。

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