第3話 僕なにかやっちゃいましたか?

「い、嫌だぁぁぁぁぁ怖い降ろしてぇぇぇ死ぬぅぅぅぅ!」

「大袈裟な奴だな黙れ」

「無理ぃぃぃぃぃぃ」


拝啓、クソったれ父上と兄上。お元気でしょうか? 

可及的速やかにくたばってくれると嬉しいです。

ちなみに僕の方は今すぐにでも死ねそうです。

ドラゴンに乗って飛べるなんて、世界は広いんですね、ははは。


「って、現実逃避してる場合じゃなぁぁぁぁぁぁい!」


恐る恐るドラゴンの背中から景色を見下ろすと、黒の樹海が絨毯のように広がっていた。


「うっさいガキだな、黙らないとブレスで灰塵にするぞ」

「ひい、ご、ごごめんなさい」


ぎろり、とドラゴンに睨まれる。


怖い。

空を飛んでいるのと、ドラゴンに睨まれたことでアソコがヒュンとなっちゃう。

なんだが湿った感触もする気が……

も、漏れてなければいいけど。

もし背中で漏らしたのがバレたら本当に殺されるかもしれない。

わずかでも気取られないに、あえてキリっとした表情で固定して大空を見上げた。

気分だけなら、ツワモノの大冒険者だ。

こんな堂々としている男がちびってるなんて、誰が想像できようか。


そして、ひしひしと迫る危機感と同じくらいに、僕は興奮していた。

ドラゴンに乗るのは秘かな夢だった。

僕くらいの年なら、一度はおとぎ話のドラゴンライダーに憧れたことがあるだろう。


「ついたぞ」


飛行中はぐわんぐわん揺れていたのが嘘のように、ドラゴンはそっと優しく地面へと降り立った。こんなに綺麗に着地できるなら、もっと安全に飛べたのではなかろうか?



チラッとドラゴンを盗み見ると、鋭い牙をみせて笑う。


こ、この人、絶対にわざとやってる。

確信犯だ! 性格悪っ!


「アジュール、今日からここが君の家だ。俺とタマモもいるからあまり広くはないが気兼ねなく過ごしてくれると嬉しい」

「はい」



ミロクさんが案内してくれた家は、丸太で出来たコテージだった。

木造の心地よい香りが鼻に広がり、不思議と気持ちがやわらぐ。


家周辺には杭で囲われた広い菜園があり、家の裏手には小川が流れている。

小川は大きめの池に繋がっており、どうやら魚を飼っているようだ。


「とりあえず自己紹介を先にすませておこう。まずはお前からだ。」

「アジュール・ロータス。一応、元貴族です。追放されたので、いまはただのアジュールです。年齢は6歳です」


ミロクさんは目を丸々と開いた。


「驚いた。随分と理知的だからもう少し大人かとおもったが」

「魔法の勉強しかすることがなかったので、自然とこうなったといいますか」

「お可哀想に!」

「はわ!?」


何故か目に涙を浮かべた九尾の女性が、抱き着いてきた。

両腕を背中にまわされて、ぎゅうっと締め付けられる。


ミロクさんがタマモさんの肩に手を置く。


「こいつは、タマモ。長い年月で存在進化した九尾の霊獣だ」


ふさふさとした獣耳と白い九本の尾がゆらりと揺れる。


「よろしくね、アー君」

「あ、アー君?」

「アジュールでアー君。素敵でしょう?」

「は、はい」

「まあ! 真っ赤になって、お可愛らしいこと」


とろんとした目つきでタマモさんが怪しげに見つめてくる。

なでなでと頭を撫でられる。

暖かくて心地よかった。

でもなんだろう、心の奥底でぞわぞわと、むずがゆさを感じる。

タマモさんをみると、口元がガバガバに緩んでいた。


「ショタよ、ショタ……はあ、ショタ可愛い」


ショタってなにさ。

また知らない言葉だ。

あとで勉強しよう。

ま、まあいちいち気にしてたら負けだ。

危害はないだろうし……


「ぐふふふ」


たぶん。


「存在進化ってなんですか?」


ちょっと気になったので一応聞いておく。

僕とミロクさんたちの常識が大きく乖離しているのは、さっきの召喚魔術で痛いほど身に染みた。

魔力の話もそうだが、召喚魔術なんて、どんな魔法教本にも記載されていなかった。


「霊獣や魔獣などは、一定の強さを超えると進化することがある。それを存在進化と呼んでいる」

「はあ」


知らない単語。

知らない知識。

不能者だった僕に新たな魔術の可能性を感じさせる言葉が次々とでてくる。


「まあ時間をかけて覚えていけばいい。今は質問は禁止だ。さっさと挨拶を済まそう。で、こいつは……見た目通りドラゴンだ」

「ガッハッハッハ、吾輩こそ無敵のドラゴン、ギラン・シルバーシャドウ様である。小僧、今後は敬語をつかえよ、じゃないと食い殺すからな」

「は、はいっ!」

「こいつらは俺の契約霊獣だ。今後はアジュールの教師として手伝ってもらう」


ドラゴンに、九尾に、異世界人。

目まぐるしく変わる人間環境。

忙しすぎて眼球が飛び出してしまいそうだ。

でもワクワクする。


「あ、あの!」


質問は禁止と言われたが、どうしても先に一つだけ知りたいことがあった。


「なんだ」

「そ、その……本当に僕は魔術が使えるんでしょうか?」


ミロクさんは不能者の僕を弟子にしてくれた。

最強にすると言ってくれた。

けど、今まで魔法が使えなかったから不安だ。

もしかしたら、ミロクさんの見当違いで、僕には才能がなくて、やっぱだめと判断されたら最悪だ。


ここまできたら僕だって覚悟が決まっている。

なりふり構っていられるか。

人生最後のチャンスなんだ。

魔術を教えてもらえるら靴だってベロンベロンに舐めてやるさ。(本当にやれと言われたら、念入りに洗わせてもらうけどね!)


つまり、なにが言いたいかというと、意地でも魔術をマスターしてやるってことだ。


「ふむ、たしかにそうだな。よし、では手始めに、アジュールに魔術をうたせてやろう」

「本当に!? いいんですか!?」


両手をあげてガッツポーズする。

黒髪をかき上げながら、ミロクさんは笑った。


「そんなに『魔術をうちたいです』という顔をされたら断れんだろう。家の前の広場にこい」







「魔術と魔法は、魔素を魔力に変換する工程に違いがあるだけで、本質は同じだ。もちろん一長一短であり、双方に扱えない術も存在する」


懐から一枚の紙をミロクさんが手渡してくる。

そこには魔法陣が書かれていた。


「魔法だろうと魔術だろうと会得するのは難しい。今回はそのスクロールを使え。己の魔力を紙に注ぎ込めばいい」


ミロクさんが僕の頭に手をのせる。しばらくすると、ぐるぐると血が逆流するような、違和感が体を駆け巡った。


「いま、俺の魔力をアジュールに流した。これが体内にある魔力だ、少し感覚がつかめたか?」

「なんとなくですけど」


出来るだけ冷静にそう答える。

だが、内心は心臓が飛び出そうなほど興奮していた。

だって、これまで魔素を感じ取ることすらできなかったのに、初めて魔力の躍動を感じ取れたから。


膝をつき、無心になってスクロールに魔力を注ぐ。


「魔法陣の弱点は、発動時間の長さと、魔力の伝導効率の悪さだ」

「はい」

「通常の戦闘では使い物にならないのがネックだな」

「はい」

「ちなみに、そのスクロールには着火イグニッションが入っている。最後に術名を詠唱をすれば完成だ」

「はい」

「……お前話聞いてないだろ?」

「はい……い、いえ聞いてますよ!」


やばい、ほとんど聞いてなかった。

初めての魔術で緊張して死にそう。どうしよう、手が震えるんだけど。


「最後に着火イグニッションを唱えればいいんですよね!?」

「……まあ」


疑い深い視線をミロクさんが送ってくる。


「とりあえず、初めての魔術だから、ゆっくりやってみろ」

「はい」

「がははは、着火イグニッションなんてショボい魔術に期待してないから、緊張せずにやるがよい」

「はい」

「アー君、頑張れ、頑張れ」

「はい」




―――





――――――






――――――――――――




「お、おい長くないか!?」

「こ、こやつ、魔力つめすぎじゃ」

「がん……ばえ?」


これでもかと魔力を注ぎ込むと、スクロールの魔法陣が赤く点滅していた。これが成功の合図なのかな?


「馬鹿野郎、すぐに中止しろ」

「だめだ、こやつ集中しすぎて話を聞いていないぞ!?」

「アー君!?」


なんかいけそうな気がする。

着火イグニッションは初級魔術だし危険もない。

かつて、上級魔法使いミランダの著者『初級魔法でどれだけ威力をだせるかやってみた』という本を読んだことがある。

着火イグニッション程度では、せいぜい小さな火柱がたっただけと書いてあった。


ミロクさんたちも、バッチコイと手招きして騒いでいるし問題なさそう。

僕は手招きするミロクさん達に右手を向けて構えた。


「アジュール、いっきまーす!」

「「「やめろぉぉぉ」」」

着火イグニッション!』


バゴーンッと鼓膜が破れるような破裂音が響き、爆炎が景色をなぎ払った。

想像を遥かに上回る炎が視界を埋め尽くして、もくもく黒煙があがった。



あ、あれ

僕なにかやっちゃいましたか?

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