2通目 おばけはシーツをかぶっている

拝啓 宮沢賢治様


 ほうきで掃き清めたような雲が、空に浮かぶ季節となりました。先生におかれましては、いかがおすごしですか?



 先生、ご存じでしたか? 

 月って、地球から遠ざかっているらしいです。それも毎年四センチも。


 平安時代の人が見ていた月は、今よりも四十メートル近くにあったそうなんです。



 きっと、今の季節に見る月はとても大きかったことでしょう。かぐや姫も月に帰りやすかったにちがいありません。


 月は地球からはなれてさみしくないのでしょうか? 


 毎年四センチずつ、わからないくらいの距離をはなれていくなんて、なんだか人間の心のようです。



 先生、星ってなんで光っているのでしょう? 

 地球は丸いのに、どうして人や山や、海の水が落ちないのでしょう?



 調べればわかることですが、どうも目に見えないものに惹かれてしまうのです。

 そして不思議なものは不思議なものとして、ずっととっておきたいような気がするのです。



 さて、前置きがながくなりましたが先日ハロウィンがありました。

 その時、六歳の息子にこう聞かれたのです。



「おばけはなんでシーツをかぶっているの? 中身はなんなの?」



 その質問を聞いたとき、私がどう感じたと思いますか?




「あれって、シーツだったんだ!!」です。



 先生、おばけはシーツをかぶっているんですよ!



 私はてっきり、火の玉のようにぼやっとした霊的なかたまりだと思っていました。



 そうか、おばけはシーツをかぶっているのか。

 これは、大発見です。

 しかも、かわいらしい発見です。



 なぜって?

 だって、先生。

 おばけがシーツをかぶって、鏡の前で身支度を整えているところを想像してみてください。


 どうですか?

 かわいらしくないですか?



 きっと、そのおばけはさみしんぼなのでしょう。

 そして、はずかしがりやさんなのです。




*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*



 おばけは夜起きて、


「ああ、今日もひまだな。だって誰もいないんだもの。ちょっと人間の世界に行ってみるか」


 と言って、鏡の前に立ちます。



「ぼくの顔は人間の顔とは大ちがい。このまま出て行ったらびっくりされちゃうかも」



 おばけの顔は、くすんだ緑色の肌をしています。目は大きいけれど、とんがっています。


 おばけはうーん、うーんと考えます。


「紙袋をかぶるのはどうかな?」


 おばけは茶色の紙袋をかぶりました。


「だめだめ。これじゃあ、ながい指が見えてしまうもの」


 今度は手袋をはめてみました。


「だめだめ。これじゃあ、三本の足が見えてしまうもの」


 おばけはあきらめて、もう一度寝てしまおうと思い寝室へ向かいました。


「そうだ!」


 おばけはいい考えを思いつきました。


 緑の肌ととがった目をかくせて、

 ながい指が見えなくて、

 三本の足もすっぽり見えなくしてしまう、

 とびっきりのアイディアです。




 おばけは人間の世界へ遊びにいきました。

 今日はハロウィンの日。

 魔女や悪霊の姿になった子どもたちが歩いています。


 おばけもその行列の最後尾に加わりました。


「やあ、すてきなかっこうだね」


 となりを歩いている子が声をかけてきました。

 おばけは、話しかけられてちょっぴりドキドキ、ちょっぴりわくわくしながら答えます。

 


「うん。シーツをかぶってみたんだ」



 そうです。おばけは白いシーツをかぶっていたのです。シーツには、二つの目だけが出るように穴をあけています。


 おばけは話しかけてくれた子のすがたを見ておどろきました。


「わあ! きみもシーツをかぶっているの?」

「うん、きみと同じ」


 おばけはうれしくなって、胸がいっぱいになりました。それで、思わず手をだしてしまったのです。

 シーツからおばけの緑色でながすぎる指がぞっと現れました。



 先ほどまで、よろこびでいっぱいだった胸が、きゅーっと音をたてて枯れていくのをおばけは感じました。



「ごめんね。さようなら」



 おばけは走り出しました。

 子どもたちの行列からおばけは一人、どんどんはなれて行きます。

 さみしくって、かなしくって、やるせない気持ちで、涙がぼろりんと落ちました。



「まってよう。まってよう」



 声がしました。

 振り返ると先ほど話しかけてくれた子どもが走ってくるではありませんか。


 走ってくる子どもの一歩は大きく、まるで飛んでいるようにおばけには見えました。


 そして、見てしまったのです。


 子どもがかぶっているシーツが、ふわりとめくれた時。

 三本の太い指に、するどいツメを持った足が見えたのです。


「きみは……。もしかして……」


 おばけの前にたった子どもは、サッと自分のシーツを取りました。


「うん、きみと同じ」





 こうしておばけは、お友だちを見つけることができたのです。

 っていうお話ができちゃいましたけれど、先生どうですか?


 あれ? 先生?


 眠くなっていませんか? 

 私にはわかりますよ。先生、途中から目をつむっていたんじゃありませんか?



 どうしても眠れない夜は、私の手紙を読むのが一番効果があるかもしれませんね。

 ねてないですよ! ええ、拗ねてないです。



 なんの話をしていたのか忘れてしまったので、今日はこのへんで。(拗ねてません)



 あ、そうだ。

 先生、もし、今見上げている月が平安時代の月と同じくらいの大きさだったら。

 夜更かしも、悪くないですね。


 だって、月に近づけるかもしれませんから。



 夜風が冷たくなってきましたので、お体にはどうぞお気をつけください。

                                     敬具






参考文献

「ウソみたいな宇宙の話を大学の先生に解説してもらいました。」平松正顕/ナゾロジー

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