3通目 1本の毛から宇宙を見る
拝啓 宮沢賢治様
濃いめの紅茶にミルクをまぜ、最初のひと口に冬の始まりを感じるころとなりました。先生におかれましては、いかがおすごしですか?
さて、とてつもなく気になることがあったので、先生にお知らせしようと思い筆をとりました。
先生、ときどき変なところに一本だけ毛が生えていることはありませんか?
今、目の前に座っている旦那さんにはあるのです!
手首の出っ張っている骨の真下。そこに一本だけ、ちょこんと毛が生えているのです!
ええ、そうです。
めっちゃぬきたい。
私は先ほどから、その一本の毛をかっさらうべく虎視眈々とタイミングをはかっているのです。
先生もぬきたくありませんか?
あの一本の毛は、いったい全体、なんのためにそこに生えているのか。
なにを守ろうとしてそこに生えたのか。
群れ(?)から離れた一匹狼ならぬ、一本の毛。
気になりすぎて、私は自分の手を眺めました。
すると!
なんということでしょう!
私の手にも一匹狼ならぬ、一本の毛が生えていたのです。
左手、薬指の第二関節の下。点のように小さな小さな毛です。
「おい君、私の体の一部のくせに、いったいぜんたいどうしてそんなところで生まれてしまったんだい」
私は思わず話しかけました。
毛はツンとした顔でだまっています。
……。
……先生?
私はどうかしちゃったんでしょうか?
ここまで書いて、ちょっと自分の頭の中を疑ってしまいました。
こうやって、先生も童話を作ったりしていたのでしょうか……。もしそうだったら、私のこの恥ずかしさが、少しはやわらぐといったところです。
私は、先生がつくった物語が好きです。
動物や草花、天体の言葉や歌をきき、先生は物語をつくったのでしょう。
でも、先生は「毛」の話を書いたことはありますか?
私が知る限り、おそらくないような気がするのです。先生だったら、どんな物語を書かれるのだろうと興味があります。
ぜひ、次回作は「毛」でお願いします。「毛」ですよ。動物じゃなくて人間の毛でお願いします。
あまりこうやって先生を誘っていると、全国の先生のファンから本当に怒られそうなのでやめますね。反省しています。
ところで、私の一本の毛がその後、どうなったか気になりませんか?
私の詰問にたえられなかったのか、一本の毛は知らぬうちにどこかへ旅だってしまったのです。
「こんなにうるさい場所、まじでやってらんない! 旅にでます。さがさないでよね!」
なんということでしょう。
一本の毛は幻だったのでしょうか。旅に出てしまうだなんて、あの子はまだ小さいのに……。
なんて、先生。
実は、一本の毛には裏話があったのです。
私の髪の毛は、なぜだかめちゃくちゃ強いのです。
どのくらい強いのかというと、手櫛で髪をとかすと肌に髪の毛が刺さるといった具合です。
おそらく、その一本の毛の正体は髪の毛だったのでしょう。指に刺さり悶絶した私が引っこ抜いた際、ほんの一部分だけが残ったようです。
でも、先生! おかしくないですか?
私の体は、私のものなのに、ぜんぜん私の言うことを聞いてくれないのです。
それどころか、自分で自分を攻撃している始末。(自爆?)
私の体は、私のものなのに、
私は私の体を知りません。
心臓を私の意志で止めたり、髪の毛の伸びるスピードを早めたりといったことはできないのです。
では、「私」というのは、いったいどこにいるのでしょう?
脳でしょうか、それとも心でしょうか。
私は、私でしかないのに。
私の体は、私の意志にはんして動いています。
まるで、たくさんの生命が「私」を作り出している。
そして、こうやって先生に話しかけている「私」は、どこにもいないのです。
不思議ですね、先生。
生命って、本当に不思議です。
自分の手のひらをじっと見つめているだけで、宇宙旅行にきた気分になります。
長くなってしまいましたので、今日はここで失礼いたします。いつもありがとうございます。
先生もどうぞご自愛ください。
敬具
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