1章 4話
「何だと!? 妖人――
「ま、間違いなく、お一人です!
「……愚かな。魂刀を奪われれば終わりだというのに。流石は――
確かな侮蔑の言葉と同時に、壬夜銀は苛立ちを見せた。
妖人を打倒できる者など――一流の継承者や嫁御巫の海の如き軍団か、同じ妖人ぐらいだ。
当然、この葬儀の場にはズラリと並んでいる。
そんな中、単身乗り込んでくるなど――『自分は貴様らには負けない、強き妖人だ』と宣言しているに等しい。
家臣団からも「傾国の鬼人様が、無謀な……」、「銀柳様とは師弟関係だったと窺っているが、剛気を超えた蛮勇も良いところ」、「このようなことは、前代未聞だ。傾国の鬼人、いや奇人との噂は誠であったか」とざわめきが止まらない。
当然、居並ぶ嫁御巫側も――。
「――愚かな国主に嫁がなくて、よかったですわ。ねぇ、玲樺さん?」
「はい、和歌子様。……もっとも、その愚かな傾国の鬼人へ入れ込んで身を滅ぼした、暗愚な女の娘もいるようですが」
「あら、そうでしたわね。これは失敬」
美雪の方を見て、和歌子と玲樺は袖で口元を隠している。いや、二人だけではない。山凪国の嫁御巫たちは、皆が同じようにくすくすと笑っている。
(……件の鬼人様は、銀柳様に義理立てをしたのでしょうか。私にとっては、顔も知らぬ縁深き御方ですが……)
一層、顔を俯かせて美雪は思いに耽る。
早くこの場が済み、なるようになればいい。恩義がある銀柳を弔えたのだから、もうどうでもいい。私には自由などなく、命令された役割をこなすのみだ。
そんな諦めの感情を美雪が抱いていると――。
「――失礼する」
会場のざわめきを、一瞬で掻き消す――凜と澄んだ男性の声が響いた。
「私の生涯の師であり、最愛の友を弔いにきた。焼香をさせていただこう」
圧倒的な美しさ、存在感に――異論を挟む者はいない。
壬夜銀ですら、息を飲んで男を見つめている。
焼香台へと歩むのは黒の喪服、後ろだけ少し伸びた黒の髪、焔のような紅き瞳を宿した美麗な男性――紅遠だ。
「あ、あれが……。何という妖気、美しさだ。かつて無双の美童と謳われていたが、もう立派な美青年ではないか」
「傾国の鬼人……。その美しさから、男女問わず他国の妖人が手に入れようと躍起になるのも頷ける話だ」
「世に類なき容顔美麗なるのみならず、知勇兼ね備えた紅蓮の鬼人様とは聞いていたが……。これは……」
「……おい、しっかりしろ。あまり見つめるな。いつかの事件のようなことを貴殿も起こしたいのか」
蔑み嘲笑う声は――ただ、紅遠が前を通るだけで消えた。
紅遠は嫁御巫集に目線すら合わせず、軽く一礼する。
それに合わせ、嫁御巫集が返礼すると――。
「――お美しいですわ……」
「何という、気高さ」
焼香台で瞳を閉じ、何ごとかを祈ってる紅遠の横顔を見つめ、和歌子や玲樺は呆けたような声を口にした。
(……銀柳様。ご友人に送られて、よかったですね。喜んでいるのが、伝わって参ります)
美雪は、会場でただ一人……紅遠に視線も向けず、銀柳の柩の上へ浮かぶ魂刀に注目していた。僅かながらにでも嫁御巫として妖力を操れる美雪は、その魂刀の反応を見つめる。
銀の刃紋に、山野を見下ろし天を駆ける狼が刻まれた地肉彫の刀が、僅かに明滅している。
(銀柳様とは一度しか、お顔を合わせておりませんが……。私と深き因縁のある、この御方をとても大切にしておられたんですね)
儚いほどに薄い繋がりであった嫁御巫だが、美雪にとって主は主。嫁候補は、嫁候補だ。
(私は見習い。銀柳様の伴侶に選ばれたわけでもない……。それでも、喜ぶべきなのでしょうね)
自らの特別で複雑な身の上を鑑み、感情ではなく理性で、ここは喜ぶべきと美雪は判断した。
美雪とて未婚の嫁御巫という、極めて矛盾した自分の立ち位置に多少、思う所はある。
それでも、銀柳のお陰で苛烈さを増す折檻やイジメから逃れ、生き長らえた。感謝すべき恩人なのは、揺るがない事実なのだから、と。
やがて焼香が終わった紅遠は――銀柳の遺影を背に、一通の書状を懐から取りだした。
「――私が直々に参ったのは、亡き友の冥福を祈るためだけではない。――これは私へと託された、銀柳殿による最期の願いが記された文だ」
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