1章 3話
次期当主の壬夜銀が、巨体とダークグレーの尾を揺らして瞠目した。
脈々と受け継がれた妖力を宿す器、魂刀。
妖人が長い生涯で数多く残す子の中で魂刀を自身でも顕現可能な者こそが、次代の国主である。
国の数だけ――あるいは国家を失うか、そもそも自国を持たない者を含めれば、もっと存在すると噂される妖人の、絶対のルールがそれであった。
自身の妖力の塊であり魂でもある魂刀――そこに何千年、何代にも渡り受け継がれてきた妖力と魂の宿る先代の魂刀とを融合させる。
親から子へ脈々と受け継がれ増幅してきた絶大な妖力こそが、妖人を頂点たらしめる力である。
同時に、魂刀を失うことは――国主として、妖人の死を意味する。
絶大な妖力で己を高みに登らせる魂刀が眼前に浮かび上がれば、野心溢れる壬夜銀が親の死を悼む心すら忘れ顔をにやけさせるのも、無理はないのかもしれない。
だが――。
「――銀柳様の喪を弔う態度すら、次代である壬夜銀様が見せぬとは……。山凪国の未来は……」
「……お主が国を憂う心は分かる。だが、不敬じゃぞ」
「先代から魂刀が受け継がれる場など、人間の身では目にする機会無く生涯終えるのが当然だ。心を乱すなというのも無理な話よ……」
「それは四十九日法要の後にある襲名の儀でやればよい。今は喪に服すべきであろう。……大丈夫、じきに壬夜銀様は、大国である山凪国を率いる御自覚へ目覚めるだろう」
数百年に渡り名君と呼ばれ君臨した銀狼の妖人――銀柳。
偉大で頼りになる国主しか見たことがない家臣団は、口々に不安を口にしては、自分に大丈夫だ言い聞かせるよう呟く。
しかし壬夜銀の年齢は既に百歳を超えており、父である銀柳から厳しく叱責され続けた。
(お立場が人を変えるとは申しますが……。いえ、私のような下級の者が考えるべきことではありませんでしたね)
美雪は粗暴な壬夜銀の治める国家と未来を想像し、考えるのを止めた。自分の立場からすれば、考えるだけ無意味だと思ったのだ。
(身の程を弁えず、無礼なことを考えてしまいました。……お爺さまや玲樺さん、叔母様に折檻されるでしょうね)
葬儀後のことを思えば、また朝原家の屋敷にある蔵で折檻されるだろうと、美雪は暗い気分になる。
だが、すぐに気持ちを持ち直して白い喪服を揺らしながら、次々と焼香する人々へ礼をする。
やがて家臣団や弔問客が姿を消し、葬儀も終わりの雰囲気が漂い始めた頃――。
「――壬夜銀様、ご報告致します!」
「何だ、葬儀の場で騒々しいぞ!
会場受付をしていた一人の老人……美雪の祖父である朝原冬雅が、黒い喪服を激しく乱れさせながら駆け込んできた。みっともない姿に、壬夜銀は怒りを纏った鈍色の妖力を発っする。
「も、申し訳……」
「み、壬夜銀様。動転している義父に代わり申しあげます」
壮年の男性――
美雪にとっては、叔母である文子の夫――婿養子入りした叔父に当たる。
「お爺さま、お父様? な、何を? 家名に泥を塗られたら、私の側室への道が……。嫁御巫にも明確な上下関係があるというのに。一体、何をなさってるのですか……」
玲樺は慌てたように呟きながら、自身の血族の様子を見つめる。
「ふん……。貴様は、朝原家に婿入りした双次か。親子共々、かつては我が銀狼妖人を象徴する牙と爪の名を与えられたというのに、な。堕ちた名家の二人が、慌てて何の用だ? 貴様らは、受付すらできない無能なのか?」
侮蔑する壬夜銀の言葉に、冬雅と双次の二人がギュッと拳を握る。
一瞬、殺気を込めた視線が美雪に向けられるが――美雪は微動だにしない。ただ、暗い表情で視線を俯かせているだけだ。
(銀柳様を失い、後ろ盾のない私は……。今度こそ、葬られるのでしょうね)
それは己の運命を嘆くでもなく――その扱いが当然と受け入れている無に等しい感情だった。
怒りを向けていた冬雅は、ハッと重大なことを思い出したように口を開く。
「た、他国の要人が弔問に参られました」
「……何? 今更だと? 無礼者めが、何処の国の大臣が弔問の使者として訪れた?」
「べ、
「紅浜国、だと? あの吹けば飛ぶような、貿易港しか取り柄がない斜陽の小国か。……確かにな。あんな事件があったとは言え、未だ我が国との同盟関係は続いていたか。……あの件で親父殿と忌々しい男との交流が絶てたというのに」
壬夜銀は、憎々しげにボソリと語った。
「だが、同盟関係とはいえ国力差は明白だ。その大臣とやらに、礼儀を教えてやらねばならんな」
「参られたのは、大臣ではございません……」
「……どういうことだ? ああ、そうか。あの国は怪異からの防衛もままならず早晩消えると囁かれる国だ。手が足りず雑兵でも使者に送ってきたか? 愚王が治める国らしいじゃないか」
侮るように、吐き捨てる。
家臣団からも「傾国の主なら、さもありなん」、「かの国でまともなのは、国務の一切を取り仕切る
しかし、そんな薄い笑いが包む空間で冬雅は
「い、いえ! それが……。紅浜国の国主、
まるで悲鳴のような声で、伝えた。
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