1章 白喪服の嫁巫女と、傾国の鬼人

1話

 人の産まれは平等ではなく、人の人生は産まれた家や生まれ持った能力により変わる。


 天は人の上に人を造らずとも、人は人の上に人を造る。


(銀柳ぎんりゅう様……。誇り高き銀狼の妖人様。卑しき私を、貴女様が拾って頂いた温情に感謝致します。どうか、ご冥福を……)


 長い黒髪を垂らしながら、朝原美雪は家事で傷だらけになった手を合わせ祈った。


 広大な山凪国やまなぎこく城の敷地内、何畳あるのかも分からない畳張りの葬儀会場中を焼香の香り、現世と隠り世の境界を曖昧にするように立ち上がる煙が包む。


 美雪みゆきは焼香さえ、あげさせてもらえなかった。それでも……せめてもと、人が焼香している僅かな隙に、一緒に冥福を祈らせてもらう。


 そんな美雪の小さな挙動には気づかず、家臣団は柩や国主であった銀柳の写真に向け、哀しみの視線を向けている。


 居並ぶ数百を超える列席者は黒い喪服の和装や最近流行りの黒のスーツに身を包み、故人であり偉大なる国主の崩御を惜しんでいた。


 遠い海の外にある国から渡ってきたカメラで撮影したモノクロ写真。

 気高き狼のように白銀の髪、白銀の瞳を持つ男――山凪国の先代国主である銀柳は、遺影の中でも誇り高く凜々しい表情で、列席してる者たちへ鋭い眼差しを向けているように見える。


「ああ、銀柳様……。我らは惜しい主を亡くしました。五百年の長きに渡り山凪国の国主として、実に御立派であられた……」


「うむ……。葬儀の場で申すのもなんだが……。銀柳様の御代しか存じぬ我らは、果たしてこれから、他国や怪異から国を護れるだろうか」


 かつて一つであった神州国内が五十近くの国家に分裂した動乱の時代。


 外の国からの文化や兵器が急速に流れこみ日々様変わりしていく不安な世において、絶対的な力を持つ存在は強く求められているのだ。


「黙って喪に服そうではないか……。我らには、お世継ぎの壬夜銀みやぎ様がおられる。今はまだ国主として銀柳様には及ばずとも、銀柳様の魂刀こんとうを受け継いだ暁には……。それに、残った嫁御巫も多数おろう」


「そうじゃ。嫁御巫は銀柳様の補佐で実務を経験しておる。雑草のように湧き出る怪異やら、他国の脅威など退けるのには慣れておる。我が国の未来は、この先も盤石じゃ」


 古来より子々孫々受け継がれてきた魂刀と妖力を操り、絶大な力を誇ってきた妖人と、妖人の異能を預り国家国民を護る、嫁巫女という存在が実在するなら、尚更だ。


 万の兵を屠り天寿は五百年前後と伝えられる妖人。その助力として日々、民を襲う怪異が国内へ跋扈するのを防ぐ――嫁御巫。


 明確な上下関係、尊き者とそれ以外の構造が成り立つのも自然な成り行きであった。


「嫁御巫、か。勿論、感謝と敬意は抱いている。次代である壬夜銀様の正妻候補、燈園寺とうおんじ家の和歌子わかこ殿や、側室候補の朝原玲樺あさはられいか殿を筆頭にな。だが……極一部、のう」


「それは……。銀柳様の戯れだろうて。壬夜銀様の御代になれば、不適合者は正しき処罰を下されるだろう」


 だが――産まれが尊き者とて、その力は平等ではない。

 上に立つような人間の中にも、鬱屈とした上下関係は産み出される。ストレスをぶつけられる弱き存在を、常に人は欲しているのだ。


 その能力、出自によって弱者と認定されれば――。


「――見て、玲樺。私を差し置いて、あの無能者の服装。――白の喪服だなんて、そんなに目立ちたいのかしら。品性が下劣ね」



―――――――――――

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