こねこね子猫

与太ガラス

ショートショート「こねこね子猫」

 おもちゃコーナーの片隅に、ちょうどバービー人形と同じぐらいの大きさの箱で、それは売られていた。


「こねこね子猫」


 簡易的にペットを持つ楽しみを疑似体験できるキットとして子どもたちに一世を風靡した。…もとい、子どもだけでなくペット禁止のマンションに住む若い女性や大っぴらに猫好きを公言できない男性たちにも愛される存在だった。


 パッケージを開けると、個包装のビニールに入った水色の液体と透明なジェル状の液体、そしてこのキットには茶色い粉末が入っていた。パッケージを形どるプラスチックは子猫の型になっていて、はじめに二つの液体を型に流し込んでよくかき混ぜる。

 かき混ぜて粘土のような硬さになったら、型から取り出して手でこねる。このときに「いっぱい愛情をこめてこねこね」しないと「いい子」に育たないらしい。


 生育期間は1週間、子猫から成体になったときに息を引き取る。もともと子どものおもちゃを想定して作られているから、子どもが飽きるタイミングで機能を失うようにできていた。

 子どもというのは残酷で、高学年にもなるとどれだけ早く成体にして何日で息を引き取らせるかを競うような悪趣味なノリが流行することもあった。このような遊び方が増えてくると、PTAと教育委員会を中心に規制を求める動きが出始めた。


 愛情を込めてしっかりこねたら、次第に色が変わってくる。水色と透明を混ぜているのに、ピンクがかってくるのだ。これが愛情の色だというのか。


 こねこね子猫に重大な転機が訪れたのは「夢の長期飼育を実現!1年保証のこねこね子猫」を発売した時だった。単身者への人気に目を付けたメーカーが若い世代をターゲットに売り出した商品だった。

 生育期間は文字通り1年間。しかし子猫でいる期間は変わらず1週間で、そこから先は成体の猫として活動する。この商品は爆発的なヒットとなる。その年の日経ヒット商品番付で堂々の東の横綱を獲得するほどの人気だった。

 しかし、だからこそ大きな問題が続出した。まずは通常のペットと同様の問題、1年間も育てられない人が大勢出た。おもちゃとはいえ命なので、強制的に機能を停止させることはできない。こねこね子猫を捨てる行為が頻発した。そして社会問題にまでなったのが、害獣生育だった。


 私はパッケージを裏返してそこに書かれている文字を読んだ。パッケージには注意事項としてこんな文言がある。

「本製品と別の型を使用しての成型はご遠慮ください」「注意事項を守らずに不慮の事故が発生した場合、当社は一切の責任を負いません」


 パッケージに含まれる型以外を使用した場合どうなるか。−−使った型の生物が生まれることになる。条件は型が生き物の型であること、そして「幼体」の型であることだ。


 充分にこねたらそれに粉末をかける。これは表面のコーティング材のようなもので、これを全体に満遍なく定着させると鮮やかな毛並みになる。


 不正使用は発売当初からあったが、幼体のまま1週間で機能を停止すれば大きな問題にはならなかった。しかし新製品の活動は1年間。1週間で成体になり、その後1年間活動し続ければどんな問題が起こるか…。

 子犬、子馬などはまだ良かった。馴致すれば活用する方はいくらでもある。しかし、世の中には幼児向けの子熊の型があふれていた。面白半分で子熊の型を使った1年保証の「こねこね子熊」は充分な愛情を与えられずに猛獣と化し、町を襲った。

 政府は事態を重く見て「1年保証」版の販売を禁止し、在庫も回収するよう命じられた。だが闇サイトでの売買は止まず、販売禁止から2年が経ったいまも、猟友会が東京の街中で厳戒態勢を敷く状況は続いていた。

 そんな中、猟友会でも太刀打ちできない怪獣が現れた。姿は熊だが毛皮が鋼鉄のように硬く、猟銃が通らない。たかが熊一体だが人を殺傷する能力は十分にある。駆除する手立てがなければ生物兵器と同じである。政府はそれをKK-55号と名付けた。東北地方で発見されたそれは、2ヶ月かけて列島を南下し、今まさに東京に侵攻しようとしていた。


 通常品の「こねこね子猫」の販売は禁止されなかったが、問題が広がると怖がって買う人がいなくなり、店頭からも姿を消した。僕はたまたま訪れた町にあった駄菓子屋の隅で、ホコリかぶっている1週間タイプの「こねこね子猫」を見つけた。


 KK-55号の生成犯は早々に拘束されており、調べに対し彼は「悪ふざけでやった。コーティング材には工場で出た鉄粉を使った」などと供述している。

 ここまで深刻な状況に至っても、「こねこね子猫」の製造元は、メカニズムの説明はおろか製造方法の開示にも応じていない。企業秘密の一点張りである。政府は営業停止の行政処分を執行した。


 田舎の町でたった一つ見つけた生成キット。もうすぐ完成だ。粉末でコーティングされた粘土質の塊は黄金に輝いていた。僕は今日、禁を犯す。そしてヒーローになるんだ。KK-55号が東京に入ったらもう時間に猶予はない。今はこのアイデアに賭けるしかないんだ。大丈夫、こいつは幼体のままで力を発揮するはずだ。相手は熊だ、ゴジラじゃない。

 僕は備え付けの子猫の型を脇に置き、代わりに金太郎飴の鋳型を置いた。そしてその鋳型に黄金の粘土を流し込んだ——。

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こねこね子猫 与太ガラス @isop-yotagaras

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